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39. 集落の学校は皆の心の拠り所となっているのです
しおりを挟むそして集落内では変わったこともある。
「ジュリエットせんせーい! おはようございまーす!」
「おばあちゃんせんせい、おはよう!」
「おじいちゃん先生もおはようございまーす!」
集落のはずれに子どもたちが勉強をする場所ができたのだった。
そこで、集落の子どもの中で希望する者にはジュリエットが勉強を教えることになった。
はじめは五、六歳の子どもが五人程度だったが、そのうち十五歳位までの少年少女までもが幼い頃にまともに学べなかったからと時々覗くようになったりしている。
木造の小さな学校は、集落でお金を出して皆で協力して作り上げた。
置いてある家具類も、ジュリエットをはじめ工房の女たちが作った物ばかりだ。
子どもたちは小さな椅子から大きな椅子まで、自分に合ったものに座って机に向かう。
木の香りが清々しい真新しい学校は、この集落の悲願であったのだ。
勉強さえできれば、集落の外に出て仕事につくこともできる。
この国では街に住む平民の子すら学ぶ機会は限られているのだから、この森深くの集落では尚更であった。
文字も読めず書けない子どもたちが多くいたし、そのまま成長した少年少女も多いのだ。
キリアンとジャンは、学校を作ることで危険な盗賊稼業に頼らなくても皆がそれなりに暮らしていけるようになればいいと考えていた。
「みんな、おはようございます。今日も仲良くお勉強しますわよ」
「「はーい!」」
ジュリエットだけでは大変だからと、最近では歳を重ねて身体を動かす仕事が出来なくなった老齢の者たちも子どもたちに簡単な勉強や文字の読み書きを教えることをすすんで手伝うようになったのだ。
ジュリエットと集落の者たちはこうして打ち解けていった。
もはや誰もジュリエットのことを表立って『世間知らずのお嬢様』と揶揄する者はいない。
そんなことをすれば自分の方が集落から爪弾きにされるくらいには、ジュリエットは集落の頭領の妻として努力しているのだ。
アリーナをはじめ、一部の心ない者たちが陰でコソコソと妬み嫉みを言うことはあっても表立った大きなトラブルはなかった。
「そろそろ新しく本を買い足さないといけませんわね。あとは紙とペンも足りませんわ」
「いつもすまんね。ジュリエット。皆あんたのおかげで勉強ができて喜んでおるよ」
「ボブおじいさんも、いつもお手伝いありがとうございます。」
ボブ爺さんというのは、壮年期に足を悪くしてからは林業の仕事が出来ずにいた白髪で長い髭が特徴の痩せた老人である。
難しい勉強はできないが、文字の読み書きや計算はできるので小さな子どもたちに勉強を教える役割を担っていた。
体調が不安定な年寄りたちは来れる時に手伝いにくることになっていたから、日替わりでメンバーが変わる。
今日はボブ爺さんと、長い白髪を一つの三つ編みにして優しげな表情のサマラ婆さんという顔ぶれであった。
「ジュリエット、またティエリーにでも行って勉強道具を買ってきておくれね。キリアンでもジャンにでも連れてってもらいな。あんたもずっと働き詰めなんだからたまには街で息抜きも必要だよ」
「サマラおばあさん、私はここで働いて皆さんと仲良くなることが楽しいのですわ。でも、買い物は確かに必要ですからまた連れて行ってもらいますわね」
「そうさね。あんたには感謝してる人間も多いよ。それを忘れないでおくれ」
子どもたちに向かい合う深い皺の刻み込まれたボブ爺さんとサマラ婆さんの顔はクシャッとした笑顔であった。
ジュリエットは生まれが高度な教育を受けられる貴族であった為に、皆に勉強を教えられるということをこの時ばかりは深く感謝した。
「ジュリエット先生、これは? 教えて、教えてー!」
仕事もあったから、学校にジュリエットが来るのは二日に一回。
今日も明るい子どもたちの声と、ボブ爺さんやサマラ婆さんの笑い声が響いている。
子どもたちだけでなく、先生役の老人たちにも学校は心の拠り所となっているようだった。
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