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38. 随分と馴染んでこれたのは皆様のおかげでございます

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――刻々と時は巡って、集落にジュリエットが来てから早いもので三ヶ月。

 ジュリエットは日々工房の仕事に従事し、徐々に色々な作業が手早く上手に出来るようになってきた。

 そして元来社交的であったジュリエットは、アンだけでなく他の女たちとも積極的に交流を図っていた。
 分からないことは素直に教えを乞い、感謝の言葉を忘れない。
 貴族のお嬢様が庶民の生活に落ちるなどどんなものかと女たちも最初は興味やひがむ気持ちを持っていたものの、日々ジュリエットと接するうちにその人たらしスキルに懐柔かいじゅうされていくのであった。

「ねえねえ、ジュリエット。キリアンは優しくしてくれるの?」

 そう話しかけてくるのは工房内でも若いグループの女たちの中心人物で、ジュリエットより少しばかり年上のナタリーという女である。
 ナタリーは紺色に近い青い髪と青空のような青い目が特徴でハキハキとした明るい人柄であったから、余所者のジュリエットともいち早く馴染んだメンバーの一人だ。

「はい。お優しいです。ぶっきらぼうなところもありますけど、結局はお優しいのですわ」

 ピンク色に頬を染めてそう語るジュリエットに、ナタリーは微笑んだ。
 しかしふと真面目な表情となって、ジュリエットの耳のそばで声を低くしたのだ。

「でも気をつけて。この工房内にはキリアン狙いだった女たちもいるからね。僻みで意地悪されるかも。何かあったらすぐに私かアンに言うんだよ」

 自分の身を心配してくれるこのナタリーという新たな友人に、ジュリエットは心がポッと温かくなるのであった。

「ありがとうございます。それほどまでにキリアン様は優れたお方ということですから、私もそれに見合う立派な妻になりたいと思います」
「ジュリエット! ああ! 貴女は本当に可愛いわね!」

 そう言ってナタリーはギュッとジュリエットを抱き締めた。


「さあさあ! 昼休みは終わりだよ! 昼からも頑張りな!」

 パンパンと手を叩きながら、アンが昼休みをゆったりと過ごす工房内の女たち声を掛ける。
 ジュリエットとナタリーも急いで自分たちの持ち場へと帰って行った。

 そしてジュリエットは、もうすっかり慣れた手つきで家具に使う部品の色塗りを懸命に行うのであった。

 はじめは自分で上手く結うことのできなかった髪の毛だって、工房内でできた友人たちに教えてもらって今では短い時間で上手く編み込めるようになった。
 料理だってレシピをたくさん教えてもらったりして上手く作れる様になったし、野菜の皮むきだって出来る様になった。

 たった三ヶ月でジュリエットは随分とこの集落に馴染んできたのだ。
 それは周りの優しさだけでなく、まごう事なきジュリエットのそれこそ血の滲むような努力の賜物たまものであった。

 大半の周囲の人間たちもそれを知っていたし、認めていた。
 それはもちろんキリアンも。

「ジュリエット、あんただいぶ早く塗れるようになったね。えらいよ。しかも仕上げが丁寧だ」
「アンさん、ありがとうございます。皆にコツを教えてもらってから随分とスピードが上がりましたのよ」
「成る程ね。あーあ……、最初は白魚しらうおの様な柔らかくて細っこい手だったのに今では傷と汚れだらけだね。でもそれがジュリエットの頑張りの印だよ。誇っていいことだ」

 定期的に工房内の見回りをするアンは、ジュリエットの手を見てそう言った。
 はじめは慣れない作業にマメが出来たり怪我をしたりしていたが、今では少し皮膚も厚くなり庶民の手に近い見た目となっている。

「そうですわね。私も嬉しいのです。この手が皆さんの仲間入りの印ですもの。労働をさせていただける感謝の気持ちを忘れずに、これからも励みますからよろしくお願いいたします」

 綺麗に編み込まれたローズピンクの髪の毛には木屑が付いている。
 ニッコリと笑うその顔は屈託がなく、周囲の警戒心を解くものであった。

「頑張るんだよ。何かあったら相談しな。金のこと以外ならば相談に乗るよ! ははは……ッ!」
「ふふっ……。ありがとうございます」

 余所者よそもののジュリエットが懸命に仕事をするものだから、負けるもんかと工房の女たちはなお一層仕事に励んだ。
 お陰で以前よりも作業効率が良くなって、周りにも良い影響を与えていたのだった。

 










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