31 / 67
31. 井戸端の友人はスチュアートと名付けましたわ
しおりを挟む着替えを終えたジュリエットが清潔なエプロンを身につけて部屋から出てくると、既にキリアンは水場で野菜を洗っている。
「今日の夕食は何にいたしますか?」
「塩漬けの肉と野菜使ってスープにする。それとオートミールの粥だ」
「成る程。それでは私が野菜を切りますわ!」
意気揚々と宣言したものの、難しいジャガイモやニンジンの皮はキリアンに剥いてもらった。
それでも昼間にアンから教えてもらったことを活かして、拙い手つきながらジュリエットは野菜や肉を切っていくことができたのであった。
「どうですか? このような感じでよろしいですか?」
「包丁の使い方を誰かに教えてもらったのか?」
「はい。アンさんに教えてもらいました。少しでも早く料理を作れるようになりたくて……」
野菜から目を離すまいとじっと見つめながら包丁を使うジュリエットに、キリアンはフッと顔を綻ばせた。
「それは殊勝な心がけだな。確かに初めに比べれば随分と改善したようだ」
「そうございましょう!」
突然そう言って振り向いたジュリエットの手には包丁が握りしめられたままで、それを振り回したように見えなくもない状況にキリアンは慌てて声を荒らげた。
「おい! 危ないだろ! 包丁を持ったまま振り回すんじゃねえ!」
「あ、はい……。申し訳ございませんでした。つい……」
しゅんとしたジュリエットは、今度こそ丁寧に野菜を切っていくのであった。
「なあ、あんたの呪いってやつは十八の誕生日までに解けなきゃ人魚病になるんだったか。もう呪いは解けたから別に良いとして、誕生日っていつなんだ?」
落ち込むジュリエットを気遣ってか、キリアンは話しかける。
「誕生日はちょうど十ヶ月後ですわね」
真剣に野菜を切りながら答えたジュリエットに、キリアンは目を丸くする。
「割とギリギリだったんじゃねえか! そりゃ親父さんも焦るだろ!」
「でも、キリアン様のおかげで呪いは解けましたし父も安心しておりますわ……。さあ、できました!」
野菜をなんとか切り終えたジュリエットは、得意そうに満面の笑みをキリアンへ向ける。
キリアンはハアッと小さなため息を吐くに留まった。
木のまな板の上ではジャガイモやニンジンなどの野菜たちが几帳面に同じような大きさで並んでいた。
「よし、じゃあこれをこの鍋に入れて……」
何とかジュリエットとキリアンはスープとオートミールの粥を作り終えた。
「美味しいですわね、キリアン様。私もやればできるではありませんか」
「まあただのスープと粥だが、初めてにしては上出来と言わないでもない」
ジュリエットは初めて自分がまともに料理をしたことに感動し、キリアンはえらく興奮気味のジュリエットを宥めすかしながらその日の食事を終えたのであった。
「後片付けは私にお任せくださいませ。食器を井戸で洗って参ります」
胸をドンと叩いたジュリエットは、井戸水で食器洗いをする方法は既に実践済みだった為に得意満々に家の裏手の井戸端へと向かって行った。
「なかなか私もやればできるではありませんか。もしかしたらこれこそ愛の力というものかしら? キリアン様が喜んでくださることを想像しましたら何でもできるような気がしますのよ。ねえ、トカゲさん」
井戸の縁に二十センチほどの大きさの硬い光沢のある鱗で身体を覆われたトカゲがおり、目をキョロキョロさせている。
実は朝にもこの場所で見かけたこのトカゲは同じ場所でじっとジュリエットを見つめているのだ。
「なんだかあなた可愛らしいわね。名前を付けてあげましょうか? そうねえ……スチュアートなんてどうかしら?」
トカゲはじっと動かずにキョロキョロと目を動かすばかり。
「スチュアート、見ててね。私すぐに馴染んでみせますから。寂しいだなんて思いませんわ」
ジュリエットは集落に来て充実した時間を過ごしてはいるものの、少しばかり寂しい気持ちもあったからこの小さな友人に名前をつけてやろうと思ったのであろう。
当然ながらスチュアートは喋ることも反応することもなく、ただ井戸の縁にくっついて目をキョロキョロとさせているだけである。
それでも、ジュリエットはこの小さな友人に話しかけながら洗い物をすると何だか楽しくなるのであった。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる