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28. 初めての労働の後は昼食も美味しさ一際ですのね
しおりを挟む工房では、ジュリエットが部品の色塗りを任されたのであった。
塗料は自然の素材を使っているといい、この集落では柿渋や亜麻仁油、蜜蝋が使われているという。
「いいかい? 亜麻仁油にはカビを防いだり、防腐や撥水の効果もあるんだ。まずは部品を丁寧に拭くんだよ。汚れやゴミを綺麗にするんだ」
「承知いたしましたわ」
「終わったらそっと油を塗り込んで、その後拭き取ったら乾かして出来上がりさ」
アンは手本を見せながら、ジュリエットにゆっくりと仕事を教えた。
「やってみますわね」
元来手先は器用で物を作ること自体は好きであったジュリエットは、家具の脚や背もたれ、その他の部品を丁寧に掃除して亜麻仁油を塗り込んでいった。
途中でアンに指示を仰いだりしながらも次々に仕事をこなしていく。
「あんた、意外に器用なんだね。助かるよ」
「本当ですか? ありがとう存じます」
ジュリエットは、労働の喜びと褒められることの喜びを知ってなお一層作業に励むのであった。
――チリリリン……
「さあ! 昼休みだよ! ジュリエット、あんたもだ!」
「はい! えっと……何をすれば良いのでしょう?」
「今日の当番の娘たちが昼食を作ってくれているからね。あんたも食べに行くよ」
アンに連れられて食堂へ向かうと、木で作られた長い机に沿って小さな丸椅子がいくつも並べられている。
女たちは好きな場所へと座って昼食を食べているようだ。
台所にいる当番から食事を受け取り、四角のトレーに乗せてから席についている。
ジュリエットもアンに促されて同じようにトレーを取り、カウンターで食事の皿を乗せてもらう。
今日はブラウンシチューのようだ。
「さっ、こっちへおいで! さっさと食べないと昼休みが終わっちまうよ」
「はい!」
アンと共に空いている丸椅子に座れば、皿の中のシチューは湯気がふわふわと上がって空腹を感じさせるようないい匂いがした。
「美味しそうですわね」
「食べてみな。いつかジュリエットも当番に当たるんだから」
「はい、いただきます」
ジュリエットはスプーンで掬って口に運んでみる。
「ふわっと広がる野菜の甘味が濃厚なシチューと合わさってとっても美味しいですわね」
「そうだろう。お嬢様のお口に合って良かったよ」
「アンさん、また作り方を教えてくださいませんか? 私も色々と作ってみたいのですが、本だけでは分かりづらいところがあるのです」
料理のレシピについての本は数冊持って来ていたが、なにぶん初めてのことで包丁の使い方や基本的なことは本だけでは分からないこともあるのだ。
「ははは……ッ! 健気だね。いいよ、教えてやるよ」
シチューを完食したのちの休憩時間は、アンによる料理レッスンとなった。
「アンさん、凄く分かりやすかったですわ。これでキリアン様に手料理をご馳走することができそうです」
「そうかい。そりゃ良かったね。さっ! 仕事に戻るよ!」
「はい!」
そしてまた午後の作業に戻る。
午前中よりも明らかに出来上がるまでのスピードも仕上がりも改善しているジュリエットに、アンは感心した様子で豪快に笑うのだった。
「いいねえ! アタシはあんたみたいな素直な子が好きだよ。素直な子はぐんぐん伸びるからね。こりゃ、キリアンに礼を言わなきゃいけないね」
「はい、ありがとう存じます」
ジュリエットのワンピースは、アンの貸してくれたエプロンを付けていても木屑や塗料で随分と汚れてしまった。
それでもジュリエットは、労働の大変さと楽しさを知って満足げな表情をしている。
十五時となれば女たちの仕事は終わり、工房にはアンとジュリエットだけになった。
「明日も頼むよ。女の仕事っていやぁこの集落ではこんな事くらいだからね」
「そうなのですね。アンさん……私は頭領の妻として早くこの仕事が出来る様になれば、また他の役割が与えられるのでしょうか?」
ジュリエットはこの頼り甲斐のあるアンに聞けば今後己のするべき事が分かると思ったのだ。
キリアンに尋ねても「焦らなくていい」と突き放されそうだったから、いっそのことアンに聞いてしまおうという魂胆だった。
ジュリエットとて、早くキリアンの役に立ちたいのだ。
「そうさねえ……歴代の頭領の嫁さんは元々が平民だからね。こういう仕事は当たり前にしていたから、それに加えて若い衆や子どもたちの面倒を見るのも役割だったね」
「成る程。そうですか……」
「とりあえずこの集落で当たり前の仕事をこなせるようになるのが一番だよ。他はそれからだ。じゃないと色々と言いたがる輩がいるからね」
アンはジュリエットの頭にポンポンと手をやってから意味ありげに笑った。
ジュリエットは首を傾げてアンを見つめたが、アンはそれ以上そのことについて話すことはなかった。
「承知いたしました。とりあえずは今日教えていただいたことを頑張りますわね」
「そうだよ。頑張んな」
そうこうしているうちに、遠くの戸口からアンを呼ぶキリアンの声が聞こえて来た。
「ほうら、お迎えだよ」
朝通った工房の通路を逆に歩いてみれば、戸口のところでキリアンが腰に手を当てて待っていた。
珍しくジャンは一緒にいないようだ。
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