28 / 67
28. 初めての労働の後は昼食も美味しさ一際ですのね
しおりを挟む工房では、ジュリエットが部品の色塗りを任されたのであった。
塗料は自然の素材を使っているといい、この集落では柿渋や亜麻仁油、蜜蝋が使われているという。
「いいかい? 亜麻仁油にはカビを防いだり、防腐や撥水の効果もあるんだ。まずは部品を丁寧に拭くんだよ。汚れやゴミを綺麗にするんだ」
「承知いたしましたわ」
「終わったらそっと油を塗り込んで、その後拭き取ったら乾かして出来上がりさ」
アンは手本を見せながら、ジュリエットにゆっくりと仕事を教えた。
「やってみますわね」
元来手先は器用で物を作ること自体は好きであったジュリエットは、家具の脚や背もたれ、その他の部品を丁寧に掃除して亜麻仁油を塗り込んでいった。
途中でアンに指示を仰いだりしながらも次々に仕事をこなしていく。
「あんた、意外に器用なんだね。助かるよ」
「本当ですか? ありがとう存じます」
ジュリエットは、労働の喜びと褒められることの喜びを知ってなお一層作業に励むのであった。
――チリリリン……
「さあ! 昼休みだよ! ジュリエット、あんたもだ!」
「はい! えっと……何をすれば良いのでしょう?」
「今日の当番の娘たちが昼食を作ってくれているからね。あんたも食べに行くよ」
アンに連れられて食堂へ向かうと、木で作られた長い机に沿って小さな丸椅子がいくつも並べられている。
女たちは好きな場所へと座って昼食を食べているようだ。
台所にいる当番から食事を受け取り、四角のトレーに乗せてから席についている。
ジュリエットもアンに促されて同じようにトレーを取り、カウンターで食事の皿を乗せてもらう。
今日はブラウンシチューのようだ。
「さっ、こっちへおいで! さっさと食べないと昼休みが終わっちまうよ」
「はい!」
アンと共に空いている丸椅子に座れば、皿の中のシチューは湯気がふわふわと上がって空腹を感じさせるようないい匂いがした。
「美味しそうですわね」
「食べてみな。いつかジュリエットも当番に当たるんだから」
「はい、いただきます」
ジュリエットはスプーンで掬って口に運んでみる。
「ふわっと広がる野菜の甘味が濃厚なシチューと合わさってとっても美味しいですわね」
「そうだろう。お嬢様のお口に合って良かったよ」
「アンさん、また作り方を教えてくださいませんか? 私も色々と作ってみたいのですが、本だけでは分かりづらいところがあるのです」
料理のレシピについての本は数冊持って来ていたが、なにぶん初めてのことで包丁の使い方や基本的なことは本だけでは分からないこともあるのだ。
「ははは……ッ! 健気だね。いいよ、教えてやるよ」
シチューを完食したのちの休憩時間は、アンによる料理レッスンとなった。
「アンさん、凄く分かりやすかったですわ。これでキリアン様に手料理をご馳走することができそうです」
「そうかい。そりゃ良かったね。さっ! 仕事に戻るよ!」
「はい!」
そしてまた午後の作業に戻る。
午前中よりも明らかに出来上がるまでのスピードも仕上がりも改善しているジュリエットに、アンは感心した様子で豪快に笑うのだった。
「いいねえ! アタシはあんたみたいな素直な子が好きだよ。素直な子はぐんぐん伸びるからね。こりゃ、キリアンに礼を言わなきゃいけないね」
「はい、ありがとう存じます」
ジュリエットのワンピースは、アンの貸してくれたエプロンを付けていても木屑や塗料で随分と汚れてしまった。
それでもジュリエットは、労働の大変さと楽しさを知って満足げな表情をしている。
十五時となれば女たちの仕事は終わり、工房にはアンとジュリエットだけになった。
「明日も頼むよ。女の仕事っていやぁこの集落ではこんな事くらいだからね」
「そうなのですね。アンさん……私は頭領の妻として早くこの仕事が出来る様になれば、また他の役割が与えられるのでしょうか?」
ジュリエットはこの頼り甲斐のあるアンに聞けば今後己のするべき事が分かると思ったのだ。
キリアンに尋ねても「焦らなくていい」と突き放されそうだったから、いっそのことアンに聞いてしまおうという魂胆だった。
ジュリエットとて、早くキリアンの役に立ちたいのだ。
「そうさねえ……歴代の頭領の嫁さんは元々が平民だからね。こういう仕事は当たり前にしていたから、それに加えて若い衆や子どもたちの面倒を見るのも役割だったね」
「成る程。そうですか……」
「とりあえずこの集落で当たり前の仕事をこなせるようになるのが一番だよ。他はそれからだ。じゃないと色々と言いたがる輩がいるからね」
アンはジュリエットの頭にポンポンと手をやってから意味ありげに笑った。
ジュリエットは首を傾げてアンを見つめたが、アンはそれ以上そのことについて話すことはなかった。
「承知いたしました。とりあえずは今日教えていただいたことを頑張りますわね」
「そうだよ。頑張んな」
そうこうしているうちに、遠くの戸口からアンを呼ぶキリアンの声が聞こえて来た。
「ほうら、お迎えだよ」
朝通った工房の通路を逆に歩いてみれば、戸口のところでキリアンが腰に手を当てて待っていた。
珍しくジャンは一緒にいないようだ。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説

真実の愛は、誰のもの?
ふまさ
恋愛
「……悪いと思っているのなら、く、口付け、してください」
妹のコーリーばかり優先する婚約者のエディに、ミアは震える声で、思い切って願いを口に出してみた。顔を赤くし、目をぎゅっと閉じる。
だが、温かいそれがそっと触れたのは、ミアの額だった。
ミアがまぶたを開け、自分の額に触れた。しゅんと肩を落とし「……また、額」と、ぼやいた。エディはそんなミアの頭を撫でながら、柔やかに笑った。
「はじめての口付けは、もっと、ロマンチックなところでしたいんだ」
「……ロマンチック、ですか……?」
「そう。二人ともに、想い出に残るような」
それは、二人が婚約してから、六年が経とうとしていたときのことだった。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

雪解けの白い結婚 〜触れることもないし触れないでほしい……からの純愛!?〜
川奈あさ
恋愛
セレンは前世で夫と友人から酷い裏切りを受けたレスられ・不倫サレ妻だった。
前世の深い傷は、転生先の心にも残ったまま。
恋人も友人も一人もいないけれど、大好きな魔法具の開発をしながらそれなりに楽しい仕事人生を送っていたセレンは、祖父のために結婚相手を探すことになる。
だけど凍り付いた表情は、舞踏会で恐れられるだけで……。
そんな時に出会った壁の花仲間かつ高嶺の花でもあるレインに契約結婚を持ちかけられる。
「私は貴女に触れることもないし、私にも触れないでほしい」
レインの条件はひとつ、触らないこと、触ることを求めないこと。
実はレインは女性に触れられると、身体にひどいアレルギー症状が出てしまうのだった。
女性アレルギーのスノープリンス侯爵 × 誰かを愛することが怖いブリザード令嬢。
過去に深い傷を抱えて、人を愛することが怖い。
二人がゆっくり夫婦になっていくお話です。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる