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26. 下衆の人間たちの欲望
しおりを挟むまるで白亜の城のような豪華な洋館の一室で、二人の男が日中からワインを嗜んでいた。
「グロセ伯爵、それでは今から商会の方へ金を運ばせてもらいますよ。グフフっ……」
でっぷりとした腹に脂ぎった皮膚、口髭を特徴的に整えている男は可笑しな声で笑いながら揉み手をしてもう一人の男へと話しかける。
「クライヴ会長、本当にこのような昼間に金を運んで大丈夫なのか? 私は毎回気が気ではないんだ。人目につかない夜間の方が良いのでは?」
そう答えるのは金髪を後ろに撫でつけて青い瞳をしていかにも貴族然とした仕立ての良い豪華な服を身につけた壮年の男。
このグロセ伯爵というのは、爵位は伯爵位でありながら最近裏では少々悪どいことをしていてかなり羽振りが良いことから公爵家、侯爵家などの高い身分の貴族達とも付き合いが深い人物であった。
「はははは……! いやはや、伯爵はまだ悪事に慣れてらっしゃらない。いいですか? 夜間に馬車が走れば怪しい物を運んでいますと言っているような物ですぞ。昼間であれば商会で取り扱いする商品を運んでいてもおかしくありませんからな。グフフっ……」
クライヴ会長と呼ばれて高笑いをする男は、口髭の左右均等なカールと毛先の上に上がる角度にこだわりを持つ一癖も二癖もある人物である。
表向きは大規模な商会を営んでいる会長であるが、裏では多様な犯罪に手を染めている悪人であった。
犯罪者が手に入れた危ない金を貴金属や金塊に変え、資金洗浄したりすることなどこの男にとっては簡単なことである。
特に貴族に対して僻みのような感情を持っており、自分の方が資産を持っているにも拘らず爵位がない為に貴族たちに下目に見られていることを嫌っていた。
だから、国外への人身売買という金儲けの手を思い付いた時に敢えて貴族を巻き込んでやろうと思ったのだ。
貴族たちは自分たちが人身売買で儲けていると喜んでいるが、資金洗浄の際には随分と手数料を差し引いている。
それにもし捕まるようなことがあったとしても爵位を持つ貴族たちは失うものが多い。
自分のところまで捜査の手が伸びるまでに、裏稼業仲間の殺し屋にでも頼んで関係する貴族たちの口を封じれば良いと考えていた。
貴族たちが金儲けで喜ぶ顔を見ながら、腹の中でそんなことを考えるだけでもクライヴのどす黒い欲求は満たされるのである。
『こいつらを良いように使っているのは私の方だ』と。
「成る程な。クライヴ会長の言うことも尤もだ。それでは頼んだぞ」
「はいはい。グロセ伯爵、それでは資金洗浄が無事済みましたら連絡さしあげますから。楽しみにお待ちくださいね。グフフっ……」
そうして白亜の城のような洋館から、一台の荷馬車が出発したのであった。
荷馬車の後には少し離れてクライヴ会長の乗った馬車がついていく手筈になっている。
グロセ伯爵は二階の執務室の窓から荷馬車を見送っていた。
「フンっ! 品のない悪徳商人風情が!」
そう独り言ちた時、執務室の扉がノックされたのである。
――コンコンコン……
「父上! 私です。ピエールです」
「ピエールか……。入れ」
扉から入って来たのは、色白で明るい金髪の癖毛を肩まで伸ばし、まるで海のような青い目をしたグロセ伯爵家の嫡男ピエールであった。
そう、以前ジュリエットに求婚し見事に振られたあの令息だった。
「父上、やはり私はジュリエット嬢を諦めることができません。あの美しい花のような色の髪や、高価なアメジストのような瞳、あのように美しく若い女性はジュリエット嬢以外には今この国には居ません。」
「だが、メノーシェ伯爵の言うことにはジュリエット嬢は平民と婚姻を結んだとか。……馬鹿な娘だ」
フンっと小馬鹿にしたように鼻息を漏らすグロセ伯爵は、息子の病的な『美しい自分好みの美しい物を求める』性格に呆れていた。
「ですが父上、あのような娘こそ美しい私に相応しいのです。私の持つ色とあのジュリエット嬢の持つ色こそがこの国で一番美しい子を作る要素だと思うのです。何としてもジュリエット嬢を取り戻したいのです。正妻は無理でも、愛妾ならばどうですか?」
「愛妾だと? 全くお前は……」
「父上だって攫って来た若い娘の中から気に入った者を塔に監禁しているではないですか。私も同じようにジュリエット嬢を囲いたいのです。そして私との子を産ませ育てればこの国でも指折りの美しい子が出来ますよ」
恍惚とした表情で語るピエールは、自尊心の強いナルシストであり利己的な性格の持ち主で、美しい自分とその歪んだ願いのためならば周囲のことなどお構いなしであった。
グロセ伯爵も洋館の塔に囲った『お気に入り』たちのことを言われれば、強く出れないのである。
「はあ……。勝手にしろ。ジュリエット嬢はどうやらティエリー近くの森深くの集落に住んでいるらしい。くれぐれも、私に迷惑はかけるなよ」
「ありがとうございます。父上!」
この親子は本物の下衆であった。
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