真実の愛を見つけましたわ!人魚に呪いをかけられた箱入り令嬢は、好みの顔した王子様のようなお方を溺愛しております

蓮恭

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22. キリアンは何故か安眠できない

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 ジュリエットの部屋から出たキリアンは、なんとも言えない表情をしている。

「何で俺がこんなモヤモヤした嫌な気持ちにならないといけねぇんだ?」

 先ほど出てきた部屋からは、微かに嗚咽が漏れてきている。
 きっと箱入り娘のお嬢様にとっては酷い仕打ちだったのだろう。
 それでもこの出来事に巻き込まれたのはキリアンの方で、金の為とは言え約束通りジュリエットと婚姻を結んだ上に傍に置いているのだ。

「あんな生粋のお嬢様を、好きでもないのに簡単に抱ける訳ねぇだろうが」

 ポツリと零した独り言は誰にも聞こえるはずもなく。

 キリアンはソファーにドカッと勢い付けて寝転んだ。
 頭の上で手を組んで木目の天井を見つめていると、先程の場面が何度も頭を過ぎる。
 今までキリアンはその整った顔立ちも相まって、それなりに女には苦労してこなかった。
 集落にもキリアンを好いていて近寄る女もいたし、街に出れば娼館に行くこともあった。
 だがキリアンが本心から愛した女などおらず、皆刹那的な快楽のためにお互いに割り切った関係だったと思っている。
 集落の女の中にはキリアンに好意を寄せて近寄る者もいたが、自分は好きになることはないと忠告した。
 それでもと言われて仕方なく一度関係を持てば、ややこしいことにならぬようなるべく距離を置くようにしている。

「金の為とは言え、面倒なことに首を突っ込んじまったなー……」

 真面目に妻を持つことなど考えてもいなかったが、戸籍上の妻を持つだけで大金が手に入るならと簡単に考えていた。
 しかし思いの外、あの箱入りお嬢様は頑張るのだ。

「まあそのうち、ここの不便な暮らしと俺のいい加減さに嫌気がさして勝手に出ていくだろ。婚姻は結んだし、できることはしてやってるんだ。あとのことは知らねぇよな」

 そう言ったのは本心なのか、自分に言い聞かせているのか分からないような口調である。
 キリアンはジュリエットの部屋の扉の方に目をやった。
 もう扉から離れていることもあって嗚咽は聞こえない。

「クソッ、さっさと寝ちまおう」

 何故か苛々した様子のキリアンは、身体を捩って狭いソファーになんとか収まり良く嵌まり込んだ。
 室内には満月の月明かりがすうっと走り、いつもと家の中が違ったように見える。
 もう最近では見慣れた天井の木目を見つめていたキリアンは、やがてジュリエットの好む黒曜石のような瞳を隠すようにギュッと瞼を閉じたのであった。

 耳に聞こえてくるのは森の木々のざわめきと風の音。

 そして……

「キリアン様……」
「……は?」

 いつの間にかウトウトしていた。

 誰かに名を呼ばれた気がしてキリアンは瞳を開けてみれば、自分のすぐ傍に立つジュリエットの影にひどく驚いた。

「な、なんだよ?」
「申し訳ありません。キリアン様に謝らないといけないと思いまして……もうおやすみでしたか?」

 キリアンはバッと起き上がってソファーに座り、両手の肘を開いた脚の膝のあたりに置いて話を聞く体勢になった。
 ジュリエットはその前に立って、視線を下げていたがやがてキリアンの瞳に目を合わせて口を開いた。

「私が無理矢理お願いして妻にしていただきましたのに、あまりにキリアン様がお優しいから私は勘違いを起こしておりました。私は愛していただく為の時間の猶予を頂いたにすぎません。当たり前のように初夜を迎えられるなどと烏滸がましいにも程がありましたわ」
「いや……、そこまでは……」
「いいえ、キリアン様。どうか許してくださいませね。私、また明日から頑張りますから! 見ていてくださいませ。そしてもし、私のことを愛してくださるようになった暁には……その時には……だ、抱いてくださいませ!」

 ジュリエットは着ている夜着のスカートの部分をギュッと掴んで皺を寄せている。
 顔は暗がりではあるが、きっと真っ赤に染まっているであろう。
 自らあれだけのことを言っておきながら目線を下に背けて必死に羞恥に耐える姿に、キリアンはフッと笑いを零した。

「分かったよ。まあその時はな。とにかくもう寝ろ。明日からまた忙しいぞ」

 片手を上げてシッシッと犬を追い払うようにして手を振ったキリアンに、ジュリエットは花が綻ぶような笑みを向けた。

 その微笑みはちょうど雲が晴れた満月の月光に照らされて、はっきりとキリアンの目に映ったのである。

「はい。おやすみなさいませ」

 クルリと後ろ向きになったジュリエットは、自分に与えられた部屋へと戻って行った。

「はあー……」

 どういう意味のため息なのか、キリアンは一つ息を吐いてから再びソファーで眠りにつくのであった。
 
 その後月光が照らすキリアンの寝顔は、どこか苦悶に満ちて非常に寝苦しそうなものであった。
 
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