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15. ここが私とキリアン様の愛の巣となるお家ですのね
しおりを挟む集落の中をぐんぐん奥に進んで行けば突き当たりはまた森が広がっており、その手前に木造の家が見えた。
集落の一番奥にキリアンの家はあった。
「ここが俺……とこれからはあんたの家だ」
「あらあら、とても素敵ですわ! 皆さんのお家を見ていて思ったのですが、どれも木がふんだんに使われていてぬくもりの感じるお家ですわね」
「あんたの家の納戸くらいの広さしかないけどな」
言いながらキリアンは地べたから二段ある木のアプローチ階段を上がってすぐの玄関扉の前に立った。
上部にすりガラスの嵌め込まれた木製の扉を開けると、未だ家の外観に興味深そうに目を配るジュリエットへ中に入るよう促した。
「まあ! 御伽噺のお家のようで素敵! キリアン様、ここで私たちの新生活が始まるのですわね。とても嬉しいですわ」
「何がそんなに嬉しいんだか……。これからはアンタに庶民の生活ってやつを知ってもらわないと困るんだからな。まずトランクの中身を部屋に置いて来い」
部屋の中の家具や調度品などをキョロキョロと見渡してはアメジストのように煌めく瞳を輝かせているジュリエットへ、キリアンは素っ気なく声を掛ける。
しかしキリアンからの目配せでジャンが案内した部屋はとても清潔でこの家で一番日当たりの良い部屋であった。
「素敵なお部屋ですわね。こちらはキリアン様が自らご準備なさったのかしら?」
「いいや、残念ながら僕だけどね。まあキリアンから頼まれて女の子が好みそうな雰囲気にはしてみたんだけど、どうかな?」
木をふんだんに使用して温もりの感じられる室内は、四角の飾り気のない窓に対して白のリネンカーテンが爽やかで、同じく木を使って拵えられた寝台はジュリエットの自室のものよりも随分と小さいが、それでもパッチワークの掛布がかけられて何とも可愛らしい。
小さな机と椅子、そしてチェストは曲線の美しいデザインが施された女性らしい家具であった。
「とても素晴らしいですわ。完璧です! ジャン、ありがとう!」
ここにはジュリエットの生家のように豪華で広々とした部屋も家具も、多くのドレスや宝飾品を仕舞う広いワードローブさえもない。
それでもキリアンと過ごすこの家に、自分の為の部屋があることがジュリエットは幸せなのだ。
「気に入ったなら良かったよ。ここは元々キリアンの部屋だったんだけど、お嬢が来るから急いで整えたんだ。寝台はキリアンの使ってたものだけど、掛布を可愛らしい物に変えてみたんだよね」
「それではキリアン様はどこでお休みになられるの?」
この寝台では一人寝るならば不自由はないだろうが、二人が寝るには狭いのではないかとジュリエットは心配する。
「ああ……それならリビングのソ……」
「あああっ! そうですわ!」
突然手を叩いて大きな声を出したジュリエットに、ジャンは驚いて身体を跳ねさせた。
「な、何?」
「今日は……キリアン様と私の……し、……初夜ですわよね」
「しょや……?」
「そうですわ。……それは一体どちらで行うのかしら? この寝台で二人で寝るにはキリアン様には狭いのではないかしら?」
真剣に悩み始めたジュリエットへ、ジャンは大きくため息を吐きながら一人呟いた。
「キリアン、どうすんだよ……。お嬢、すげえやる気だけど……」
そんなことは耳に入らない様子で顎に手をやり考えるジュリエットに、少し離れた室外からのキリアンの声が届く。
「さっさと片付けしちまえよ! 今夜は会合でジュリエットを皆に紹介しないといけねえんだから」
それを聞いたジュリエットは一瞬にして苦しげな表情を浮かべてはバッと胸に手をやり深呼吸を始めた。
「お嬢、大丈夫?」
「キリアン様が! キリアン様がジュリエットと呼んでくださいました! もう私胸が苦しくて大変ですわ!」
「はいはい。さっさと片付けしちゃおうねー。今日は集会でお嬢を集落の皆に紹介する手筈になってるからさ。夕飯も早めにすませないと」
そう言って、うら若き令嬢のトランクの中身を恥ずかしげもなく取り出しては部屋のあちこちに分別していくジャンの段取りの良さに、結局ジュリエットが片付けたのは己の下着類だけであった。
「さっ! 荷物も少なかったし、片付けはこんなもんかな! さあ夕飯にしよう!」
「手際が宜しいのね。私も見習わなければなりませんわ。夕飯はどうなさいますの?」
「もちろんここにはお嬢の実家みたいにお抱えのシェフなんか居ないからね。自分たちで料理して食う!そして片付けまでするんだ」
初めての体験が目白押しのジュリエットは、疲れも感じさせずにキラキラと期待に光る瞳を輝かせてジャンを見つめた。
「それはとても楽しみですわね! 料理……なんとも奥様らしい響きではありませんか! さあ、始めましょう!」
平民の着るようなワンピース状の服を腕まくりして、ジュリエットはそのローズピンク色の豊かな髪を髪紐で一つに縛った。
そして母の持たせてくれたフリルが沢山ついたエプロンを身につけたのである。
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