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9. 破天荒?常識に囚われないと言ってくださらない?
しおりを挟む自室に戻ったジュリエットは、大活躍した町娘の衣装を脱いで湯浴みを手伝ってもらいながら今日の出来事を余すことなくマーサに話した。
そして箱入り娘であるジュリエットにとっては初めてのお土産を、得意げにマーサへと渡したのだった。
「マーサ、貴女のおかげで私はキリアン様と出会えたのよ! このブローチはその時に選んでいたものよ。いつも感謝している貴女へ」
「まあ、お嬢様。素敵なお花のブローチですね。小さな花が花束になったモチーフが可愛らしいです」
丁寧に包装された包みを開けたマーサは照れた様子で頬を染めて微笑み、早速胸元に花束のブローチを刺した。
「似合いますか? このような贈り物をまさかお嬢様から頂ける時が来るなんて。私は幸せですね」
「私が選んだのだから勿論貴女に似合うわ、マーサ。私だって貴女にはいつも感謝しているのよ。それに、もうすぐお別れだから……」
先程の得意げな顔つきから一変して寂しげな表情へと変わったジュリエットは、マーサの胸元に刺されたブローチに手をやってそっとそれを撫でた。
「お嬢様はキリアン様の元へと嫁がれるのですものね」
マーサは幼い頃にそうしたように、ジュリエットを抱き締めてその背をゆっくりと撫でさすった。
「大変なこともあるでしょう。お嬢様はご苦労をされたことがありませんからね。でも、キリアン様のことを愛してらっしゃるならば歯を食いしばって頑張らねばなりませんよ。いいですか?」
マーサは優しく言い聞かせながら幼い頃から変わらない優しい匂いでジュリエットを包み、安心を与えてくれた。
「分かってるわ。今回のことはキリアン様にとってはきっと不幸だったのよね。それでも私はキリアン様と婚姻を結べることが嬉しいの。私って皆が言うように、本当に我儘なお嬢様ね」
ジュリエットだって分かっているのだ。
このように無理矢理に好きな相手を手に入れることが良くないことだということは。
それはまるで人魚のセレナのような一方的な愛であったから。
呪いを解く為というのは言い訳で、本当はキリアンの伴侶という立場で努力を重ねれば、いつかは自分のことを見てくれるのではないかという期待もあった。
キリアンの言うように形だけの伴侶では、彼に愛する人が出来れば蔑ろにされても仕方のないことである。
それでも、この人の伴侶と社会的に認められる立場で居られるのであれば今はそれだけでも良いと思えるほどにあの一瞬でジュリエットは恋に落ちた。
例え病的な感情だとしてもキリアンをどうにか縛りたいと、そう思ったのは元来ジュリエットが執念深くてちょっと変わった令嬢だったからであろうか、それともあのセレナという悲しい人魚の呪いをその身に受けたせいなのか。
「お嬢様が破天荒でなければお嬢様ではありません。箱入り娘で世間知らずで、外見と一時の優しさだけで婚約者を決めてしまう困った人ですけれど、それでもこうやって使用人の私に初めてのお土産をくださる。ご両親でもお坊っちゃまでもなく私に。そのようなところが、お嬢様の悪魔的魅力です」
このように歯に衣着せぬ物言いのマーサという侍女を、ジュリエットは本心から好いていた。
「随分な物言いだけれど、破天荒ではなくて常識に囚われないと言ってくださらない? 私だってキリアン様の為ならば何だって頑張れるわ。見ててね」
ふふっと微笑んだジュリエットは、昔はなかったマーサの目尻の皺に目を向けて、薄らとそこに涙を浮かべているのを見つけたのだった。
そうして二人はもうすぐ来る別れを惜しむように、広く清潔な貴族らしい浴室で今日は殊更ゆっくりと湯浴みを行った。
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