真実の愛を見つけましたわ!人魚に呪いをかけられた箱入り令嬢は、好みの顔した王子様のようなお方を溺愛しております

蓮恭

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1. 箱入り娘は人魚の呪いをかけられておりますの

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「お父様、このように丸々と太った酒樽のような方とは暮らせませんわ。隣に立てば暑苦しいったらないでしょう」

 目の前には少しふくよかな男性が、腹を突き出しふんぞり返った姿絵が。

「それではこちらは……」
「この方も背がひょろりと高過ぎてまるで棒切れのよう。私が扇で仰げば倒れてしまうのではなくて?」

 そこには神経質そうな顔立ちのひょろりと背の高い男性が、澄ましてポーズを取った姿絵が。

「そんな事はないだろう……では、こちらのお方はどうだ?」
「あらあら、この方はまるで悪党のように悪いお顔をなさっておいでです。隣に立てば、私の命まで奪い取られそうですわ」

 指差した先には色白で細身の金髪癖毛の男性が、気障きざな笑顔を浮かべている姿絵が。

「ジュリエット、お前は本当に婚姻を結ぶ気があるのか! この方はピエール殿と言ってな、とても熱心にお前のことを望んでくださっているのだぞ。今だって……」

 先ほどから様々な姿絵を出してきては娘に差し出していた父は、焦りから苛立ちを隠せない様子で大きな声を上げた。そんな父を途中で遮って娘は言葉を返す。

「そうは言ってもお父様、ことは簡単ではないのですのよ」

 そう言って父親であるメノーシェ伯爵を困らせているのは娘であるジュリエット・ド・メノーシェである。
 彼女は随分と前から多くの婚約者候補の姿絵を渡されては『自分の好みではない』と一蹴しているのだ。
 ジュリエットは、とある事情からを見つけなければならない。
 しかもその期限はもう残りわずかなのだ。

「それにしても、外見だけでもうこの国の年頃の令息のほとんどがお前に一蹴されているではないか」
「あら、外見だって大切な要素ですわ。それに私は以前から、困った時に颯爽と現れて私を助けてくださる王子様のような方が好きだと何度も申しているじゃありませんか」

 それを聞いて鼻息荒く足音を立てて歩く伯爵は、ドスンと音を立てて愛用の執務椅子に腰掛けた。
 そして頭を抱え、今すぐにでも泣き出しそうなほどの痛々しげな声を吐いた。

「何故分からない? このはもうすぐ期限がきてしまう。お前が十八になった時に真実の愛を見つけて婚姻を結んでいなければ、呪いのせいでお前は『人魚病』になってしまうというのに」

 伯爵の言う『人魚病』とは、徐々に身体が人魚のような鱗に包まれて人魚のような尻尾がない代わりに両脚は固まり、涙を流せば目の鋭い痛みと共に真珠が零れ落ちるという奇病で、伝説の種族である人魚を怒らせた者にかけられる呪いによって発病する。

「そうは言っても真実の愛を見つけるというのはお相手のあることですから、私だけではどうにもなりませんわ。十七年生きてきてまだ出会えていないのですから十八になるまでのあと僅かな時間で見つかるだなんてとても思えませんのよ」

 いつもならば前向きな性格のジュリエットが、珍しく気弱な台詞を吐いた。
 幼い頃から言い聞かせられてきた『人魚の呪い』はもうすぐそこまでジュリエットへ迫っている。

「元はと言えば父である私の受けるべき呪いが、お前にかけられたことは悪いと思っている。しかし、諦めて欲しくはないのだ。貴族が気に入らぬならば相手は平民でも良い。とにかく諦めずに相手を探してみるんだ」

 伯爵は今までジュリエットの婚約者候補をこの国中のめぼしい貴族から見繕ってきたのだった。

 そして今日で最後となる婚約者候補の姿絵たちも、ことごとくジュリエットに却下された伯爵は最早なりふり構っていられずに、貴族ではなくとも良いと言うのだ。

「本当に平民と婚姻を結んでもよろしいのですか?」

 ジュリエットは思わぬ僥倖にその紫色の美しい瞳を煌めかせた。

「構わぬ。お前が真実の愛を見つけさえすればこの際相手は誰でも良い。何なら今からでもお忍びで街へ行って探して来るのだ。もう残り時間が限られているのだから、少しでも時間が惜しい」

 伯爵令嬢として随分と大切に育てられた箱入り娘のジュリエット。
 ジュリエットが受けた呪いは、若い頃の父の行いによって人魚の怒りを買ったことが元だと聞いていた。
 よって伯爵は、不憫な愛娘にかかった呪いを何とかして回避しようと散々手を尽くしてきたのだ。

 しかし真実の愛を見つけることはそう簡単なことではなかった。
 
「分かりましたわ! 街にお忍びで行けるなんて初めて! 市井にもきっと私の王子様はいらっしゃるはずだわ! お父様、必ずや真実の愛を見つけて参りますわね!」

 元来明るく前向きな性格のジュリエットは、呪いのことよりもお忍びで市井に出かけられることへの楽しみの方が勝っているようで、そんな能天気な様子の娘に伯爵は眉を寄せ不安げな表情を向けるのであった。

「本当は世間知らずのお前には庶民の生活など到底出来ぬだろうから、出来れば貴族の中から相手が見つかればと思っていたが……背に腹は変えられぬ」

 思ったようにいかないことにガックリと肩を落とした伯爵は、お忍びで出かける支度をする為に上機嫌で執務室を出て行く娘の背中をボウっと見つめていた。

 暫し視線を娘が去った方へ固定していた後に、ハッと何らかを閃いた伯爵は執務机に両の手を思い切りついて素早く立ち上がる。

「そうだ、好機は作れば良い。熱心に婚姻を望んでくださっているピエール殿のような方こそ、きっとジュリエットを大切にしてくださるだろう」

 そう言って伯爵は、わざわざ直接姿絵を邸へと持参しそのまま返事を待っているという令息の待つサロンへと早足で向かった。


 

 
 


 





 


 
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