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40. 賢帝に薬を盛る毒婦
しおりを挟むシャルロット殺害の罪で皇后が廃妃となり、地下牢へと幽閉されてから、あれほど皇后のことを大切にしていた皇帝の態度が変化した。
「廃妃は皇太子の婚約者であるシャルロット嬢殺害を企てた罪で生涯地下牢へ幽閉する。」
このグベール帝国では死刑は存在しないため、生涯幽閉されることは死刑と同等の扱いとなり最も重い刑ということになる。
「皇帝陛下。あれほど廃妃を大切にされてきたのに、気落ちしているのでは?」
「皇太子よ、儂はどうかしていた。あのような行為を長年許してきたのは何故なのか、今となっては全く分からないのだ。それに、どうしてあんなに廃妃のことを愛しいと思っていたのかも。最早長年連れ添ったはずの廃妃に対しては侮蔑の念しかわかないのだ。」
「そうですか。しかし、廃妃は陛下にお会いしたいと地下牢の見張りに何度となく申しているそうです。」
「二度と会う気はない。儂は一生地下牢へ出向くことはないであろう。」
「承知しました。」
皇帝陛下は廃妃に一切の情けをかけずに処罰した為、自分たちも咎められるのではと恐れをなした廃妃の侍女や護衛騎士などから廃妃についての様々な証言が取れた。
廃妃は時々楽士や芸術家、その他にも見目麗しい若者を侍らせては享楽に耽り、挙句にそのうちの何名かを殺害し生き血を啜っていたという。
時にはその血で満たされた風呂に浸かり、悦楽を貪ることもあったというのだ。
殺害に関係した者たちは然るべく罰に処された。
「それにしても、どうして皇帝陛下は急に廃妃に厳しくなったのかしら?」
シャルロットは完全に元の身体となり、本日は庭園で皇太子とのお茶会を楽しんでいた。
「それが、どうやら廃妃は皇帝陛下に薬を盛っていたらしい。」
「え?薬ですか?」
「なあ、イヴァン殿。」
皇太子が背後に控えたイヴァンに声を掛けると、イヴァンは淡々と答えた。
「はい。廃妃が晩餐の際に皇帝陛下と毎日かかさず飲んでいたあの酒は媚薬が含まれていました。飲んだ者同士を惹きつける効果があるようです。」
「それで皇帝陛下を籠絡していたのね。それで、それはイヴァンが確かめたの?」
シャルロットはイヴァンを訝しげに見つめた。
「はい。皇太子殿下に協力していただき、あの酒を手に入れ確認しました。」
「何で確認したの?まさか人間じゃないでしょうね?」
「まさか。動物ですよ。」
澄ました顔のイヴァンに、シャルロットはそれ以上の追求をやめた。
下手に追求しても藪蛇になると思ったからだ。
「賢帝と呼ばれた皇帝陛下が媚薬で毒婦に籠絡されるとは誠に情けないことだが、もうしばらく皇帝陛下にはその座でいてもらわねばならない。だからシャルロットには申し訳ないとは思うが、今回のことで皇帝陛下の責を問うことは難しい。」
「私は大丈夫です。皇帝陛下にはこれからもグベール帝国をより良くしていただければそれで。」
あれからいつの間にか皇太子はシャルロットのことを『シャルロット』と呼ぶようになった。
シャルロットにも、自分を『ヴィンセント』と呼ぶように伝えたがシャルロットは婚姻を結ぶまではと今だに名を呼ぶことはできていない。
「お嬢様は甘く、そしてお優しい。」
イヴァンは相変わらず仲睦まじい様子のシャルロットと皇太子を見つめながら独りごちた。
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