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24. 願いを一つ聞いてください
しおりを挟む皇太子から改めて問われてシャルロットは思案した。
確かに猛毒令嬢だということだけが足枷となっている今となっては、毒さえ抜ければこの愛する皇太子の伴侶となることに抵抗はないのだ。
「そうですね……。毒さえ抜けて普通の人となれば誰からも非難されることもありませんし、私も心配することもなくなります。」
シャルロットは認めるしか無かった。
ここまで自分のことを愛してくれている皇太子を自分も愛しているのだから、毒さえ抜ければその伴侶となるべく厳しい妃教育だって、他のいかなる努力も困難も乗り越えられると思った。
「そうか!それならば良かった!」
そう言って皇太子はシャルロットを抱き寄せ、頤を持ち上げた後にその唇に口づけを落とした。
シャルロットは突然のことに驚きで口をポカンと開けたままであった為に、皇太子の深い口づけを拒む間もなく、気づいた時には思いっきり皇太子を突き飛ばしていたのである。
――ドンッ……!
「殿下!何をなさるのです!ああ!イヴァン!早く殿下に解毒薬を!」
シャルロットは恐慌状態に陥り、イヴァンに解毒薬を出すようにと促すがイヴァンも皇太子ものんびりとしたもので動こうとしない。
「殿下!お身体は?ご気分は大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。其方に突き飛ばされてしこたま打ち付けたところが痛むくらいだな。」
「もう、ふざけないでください!本当に大丈夫なのですか?」
皇太子は特に体調不良を来す様子もなく平然としており、イヴァンに至っては微妙な顔つきで皇太子の方を睨んでいるようにも見える。
「お嬢様、もうお嬢様の身体の毒は抜けております。もはや小さな鼠さえ殺すことはできませんよ。」
イヴァンがそう伝えるとシャルロットはその場に崩れ落ち、その青、黄、橙の混じった色の瞳に透明の膜を分厚く張った。
そしてそのうちそれは雫となり、シャルロットの頬やドレスを濡らした。
「そんなこと……また貴方勝手に確かめたのね。」
「申し訳ありません。つい一昨日のことです。」
シャルロットは止まらぬ涙を流しながら、皇太子が差し伸べる手に恐る恐る自分の手を乗せた。
シャルロットの手には涙の雫が付いていたから、以前ならば絶対に人に触れさせることはなかったからだ。
「本当に大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ。イヴァン殿が言うには其方やイヴァン殿の毒は即効性があるらしいから毒されていれば既に症状が出ているはずだ。」
そう言ってシャルロットを抱き起こした皇太子がイヴァンの方へと視線を向けると、イヴァンは先程の鋭い目つきを潜めて相変わらずの感情の読めない顔をして頷いた。
「左様でございます。もしお嬢様の毒が抜けきっていなければ、既にお嬢様の目の前の不埒な皇太子殿下は儚くなっておいででしょうね。」
「イヴァン、不敬よ。」
不敬な発言をしたイヴァンに対して皇太子は謝意を述べた。
「イヴァン殿のお陰で麗しの婚約者にやっと口づけを送ることができた。礼を言おう。」
「それならば私の願いを一つ聞いていただけますか?」
イヴァンは青紫の瞳を真っ直ぐに皇太子の方へと向けて言った。
皇太子の腕の中でまだ涙ぐんでいる少女が目に入り、未だ状況が信じられない様子で抑え気味ではあるが、その幸せそうな表情を見て自分の心も少しだけ温かくなった気がした。
「私に叶えられることであれば何なりと申せ。」
皇太子は、愛する婚約者が今後毒を憂うことがなく自分の傍でいてくれるという幸せを噛み締めていたから、それに功労したイヴァンの願いはできるだけ叶えてやりたいと思っていた。
「お嬢様の侍従である私を皇太子の命で解雇してください。」
「それは何故だ?」
「私は今まで従者としてお嬢様に付き従っておりましたが、お嬢様が猛毒令嬢と呼ばれることもなくなった今、傍で付き従う私の存在が今度は枷となってはいけません。私が毒を身体に持っていると知っているのは一部の者だけではありますが、それでも何か言われることがあってはお嬢様が不快な思いをなさいます。しかしきっとお嬢様に甘い辺境伯様では私を解雇なさらないでしょう。ですから皇太子殿下の命で解雇なさってください。」
そう一息に言い切ったイヴァンを、シャルロットは幸せな表情から一転して苦悶の表情で見やった。
「イヴァン、そんなこと気にしないわ。貴方が傍にいてくれることで私は今まで生きてこられたのよ。貴方のことは特別な存在だと伝えてきたわよね。」
いつも気持ち悪いだのなんだの言ってはいるものの、やはりイヴァンはシャルロットにとってはなくてはならない存在で、イヴァンだけではなくシャルロットにとっても自分の片割れのようなものであった。
「お嬢様、私は元々辺境伯にお嬢様をお返しした際にはお別れをするつもりでした。しかしお嬢様が『シーハンと別れたくない』とひどく泣かれたので今まで侍従として傍に仕えさせていただいたのです。その時にはお嬢様には私しか頼る者がいなかったのですから。しかし、今は殿下がいらっしゃいます。」
イヴァンはその場でとても優雅なボウアンドスクレープをした。
元々はどこの誰の子かも分からぬ赤子だったシーハンは、少年の頃にはランギョクに男娼や暗殺者のような真似をさせられてきた。
そんなイヴァンの礼はとても美しいものだった。
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