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19. 特別な存在

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「分かった。其方はそれで良いのだな?」
「はい。それがお嬢様のためであれば。」
「それでは早急に設備と人を準備しよう。」
「皇太子殿下も、くれぐれも頼みますよ。」

 皇太子とイヴァンはこれからお互いがすべきことを確認しあい、その場を離れた。



「イヴァン?」
「はい、お嬢様。喉が渇きましたか?」
「うん。ありがとう。」

 寝台で休んでいたシャルロットは、目を覚ましてすぐに喉の渇きを覚えたが、すかさず果実水を準備していたイヴァンにグラスを手渡された。

「さすがイヴァンね。ありがとう。」
「当然です。お嬢様のことなら何でも分かりますから。」
「それはさすがに気持ち悪いわよ。」

 少し休んですっきりとした表情のシャルロットは、皇太子が婚約破棄を認めてくれなかったことを思い出したが、今はこちらからどうすることもできないと知っていたので暫くは静観しようと考えた。

「イヴァン、とりあえず今は妃教育をやり遂げることにするわ。突然婚約破棄などと私が言い出したことを殿下の返事も待たずに皆に知られることは良くないものね。」
「そのようになさいませ。私はいつでもお嬢様の味方です。疲れた時にはいつでも支えて差し上げますよ。」
「ありがとう。イヴァン。貴方もたまには良い事を言うわね。」

 シャルロットが普段と変わらず軽口をたたき合う事ができるのも、自分には絶対的にイヴァンが味方でいてくれるという自信があるからであった。

「ねえ、イヴァン。私が猛毒令嬢などでなければこのような思いをしなくても良かったのだろうけれど。」
「そうですね。」
「でもね、私がギョクランに攫われることがなければイヴァン……シーハンにも出会わなかったわ。やっぱりこれは必然だったのね。だって私の人生に貴方が存在しないことなど考えられないもの。だから、猛毒令嬢で良かったと思えることもあるのよ。」

 そう言ってシャルロットは自分の猛毒令嬢という存在を否定しないようにと言い聞かせているようにイヴァンには見えた。

「シーハンだった貴方のことはもうあまり覚えていないの。それでも、貴方が私の為に優れた従者イヴァンでいようと壮絶な努力を重ねたことはお父様たちから聞いているわ。だから、イヴァンのことは私にとって特別な存在よ。」

 イヴァンはシーハンであった頃にシャオリンことシャルロットを赤ん坊から幼女へと育て、そしてイヴァンとなってからもずっとこの少女を見守ってきた。
 この少女が幸せになれるようにと、その為ならばギョクランを殺した事さえ正しい事だと自分に言い聞かせて。

 ギョクランの傍でいた頃には、依頼されたをこなすために美しい銀髪に似合う整った見目を利用して依頼された相手を誘惑した。
 そして床へと誘い、その体液の毒で相手を亡き者としたことも何度もある。
 イヴァンたちの毒は皇后の使った毒のように毒殺の証拠を残しにくい。
 胃の中に入れずとも相手の粘膜から吸収されるため、消化器を解剖されたとしても毒の痕跡は残らないからだ。

 そのように穢れた罪を犯した自分でさえ、このシャルロットの傍でいる時は神にさえ許されている気がした。
 この少女を守るようにと、どうか幸せになれるようにせよと啓示を受けたような気になったのだ。

「私にとっても、お嬢様は特別な存在ですよ。」

 そう言って、青紫の瞳を細めたイヴァンは今日の分の解毒薬をシャルロットに手渡した。



 
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