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14. 偶然ではなく必然
しおりを挟むそれからというもの、シャルロットは辺境伯邸を離れて城の一角に滞在し皇太子妃教育を受けることなった。
通常はその家の侍女を一人付き添いでつけるものだが、シャルロットの申し出で侍女をつけない代わりに従者イヴァンを付き添わせることが認められた。
「お嬢様、今日は『国内の宗教・祭祀について』と『王室制度史王室法制』についての授業がありますよ。」
「イヴァン、皇太子妃って本当に大変な努力が必要なのね。こんなに皇太子殿下の婚約者というのが大変だとは思いもしなかったわ。」
日々の妃教育はとても厳しいもので、教師だけでなくイヴァンまでもが厳しい指導をしてくることにシャルロットは辟易していた。
「それは将来の国母として相応しいお方になるための勉強ですから。図太いお嬢様ならきっとおできになりますよ。」
「図太いとは何よ。本当に失礼な従者ね。少しくらいは励ましてくれてもいいじゃない。」
「ですが、お嬢様はとても努力されているではないですか。皇太子殿下のことを余程お慕いしているとみえますが。」
皇太子のことを話に出されてシャルロットは表情を変えた。
頬を薔薇色に染めて神秘的な色合いの瞳は恥じらうように視線を下げた。
「やめてよ。何だか恥ずかしいじゃない。」
皇太子はシャルロットと婚約を結んで以降、積極的にシャルロットとの交流を図っている。
その際シャルロットは皇太子を毒しては大変だと、手袋の着用や体液の扱いにはいつも以上に慎重になっていたが、皇太子の方は存外気にしていないようで毒を気にする素振りや態度は全く見せなかった。
そして常にシャルロットへ愛を囁き、厳しい皇太子妃教育を受けることになった彼女へそれを詫びた。
そんな皇太子にシャルロットは好感を抱かずにはいられなかったのだ。
「では、本日も『国内の宗教・祭祀について』の続きを勉強いたしますよ。」
『国内の宗教・祭祀について』の教師はこの国の国教であるラガルド教の司教を務める者がついた。
そして教師となったラファ司教は倫理道徳や社会の規範に厳しい人格者であり、猛毒令嬢と呼ばれるシャルロットに対して嫌がる素振りや怖がる様子はないものの、穏やかとは程遠い厳しい表情が特徴的な人であった。
「ラファ司教、司教は猛毒令嬢の私が怖くはないですか?私が皇太子妃となることに本当は反対なさっておいででは?」
その日の学びの終わりにシャルロットは表情の変化の乏しいラファ司教に問うた。
このニコリともしない司教は、偉大なるこのグベール帝国の皇太子妃にシャルロットのような猛毒令嬢と呼ばれる者がなることに反対なのではないかと考えたからである。
「シャルロット嬢、貴女が皇太子妃となるべくここにいらっしゃることは偶然ではないのです。それは必然なのです。ラガルド神は例え周囲から猛毒令嬢と呼ばれても、そのままのあなたを愛しているのです。また、自分を否定することは造り主であるラガルド神を否定することで、自らをラガルド神よりも上に置いていることになるのですよ。」
ラファ司教はやはりニコリともせずにシャルロットの問いに答えた。
「ですから、ラガルド神の選ばれた皇太子殿下の婚約者である貴女を私が否定することはあり得ません。私がもし万が一毒されることがあろうとも、それも宿命なのです。」
「そうですか。よく分かりました。本日もご指導ありがとうございました。」
シャルロットはラファ司教の言葉に救われた気がした。
これは偶然ではなく必然のことであったんだと、この場にいる自分を無闇に否定する必要もないのだと思えたからだ。
「それでは、また。……シャルロット嬢、貴女はよく頑張っておいでですよ。それは伝わる者には伝わっています。」
普段ならば短く去り際の挨拶をするにも関わらず、今日のラファ司教はシャルロットを労う言葉をかけた。
「お嬢様、あの方も血の通った人間だったのですね。」
「イヴァン、貴方ラファ司教のような人格者に対して失礼よ。まあ確かに、私もてっきり嫌味の一言でも言われるかと思ったけれど。」
「お嬢様の頑張りをよく分かっておいでなのですね。それでは、張り切って次の『王室制度史王室法制』の授業に参りましょう。」
続いての難解で頭の痛い授業のことを思ってシャルロットはため息をついた。
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