7 / 44
7. ファーストダンスは順調でした
しおりを挟む今日のシャルロットは普段下ろしたままの髪を結い上げ、濡羽色の美しい艶髪には繊細な細工の髪飾りが添えられている。
ドレスはチュールをふんだんに使用したもので、肩や胸元は繊細なレースで覆われているAラインのデザインを選んだ。
シャルロットは会場内へ辺境伯のエスコートで入場し、まずはここグベール帝国の皇帝陛下と皇后陛下および皇族の方々への挨拶を行った。
皇帝陛下はお髭の生えたとても威厳のある方であったが、隣に座る若々しい容貌の可憐な皇后陛下の方を常に気にして仲睦まじい様子であった。
「ユーゴ、そちらがシャルロット嬢だな。シャルロット嬢、そなたは幼き頃に思わぬ悲惨な目に遭ったな。ユーゴは儂の旧知の友であるが、あの時の落ち込みようと言ったら見ていられないほどであった。そしてまたシャルロット嬢が無事帰ってきたことで、ユーゴもより一層国の守護に貢献する心持ちになったようだ。これからはシャルロット嬢が平穏で幸せな日々が送れるよう儂も祈ろう。」
皇帝陛下は辺境伯とは同じ年頃で、幼き頃からの遊び友達の関係である。
そんな父ユーゴの幼馴染である皇帝陛下が優しく声を掛けてくれたことでシャルロットの緊張は随分とほぐれた。
「皇帝陛下に拝謁いたします。大変ありがたきお言葉に感謝いたします。」
シャルロットはイヴァンからまさに鬼のような厳しい指導を受けた渾身のカーテシーで挨拶を行った。
そうして皇族を見つめるシャルロットの瞳は青、黄、橙色の混じり合った辺境伯の血統を示す神秘的な色合いをしており、美しく艶めく黒髪と相まって神々しささえ周囲に与えたのだった。
そんな中、当のシャルロットといえばさっさと挨拶を終わらせて父親とのファーストダンスを踊ったら、その後の料理は何を食べようかとそのような想像に胸を膨らませていた。
だが、まさかそのようなことを皇族への挨拶の最中に考えていることなど従者のイヴァンを除けば誰も想像できないことであった。
皇族への挨拶を無事に終えたシャルロットを、辺境伯は優しく気遣った。
「シャルロット、皇帝陛下に初めてお会いしたから緊張しただろう?大丈夫か?」
「大丈夫よ、お父様。お父様とのファーストダンスが楽しみです。」
そう言って娘が笑顔で答えるのを辺境伯はホッとした表情で見つめている。
この愛娘は今までまともに他の貴族との関わりを持って来なかったから緊張しているのではと心配していたのだが、存外そうでもないようだ。
ただ、辺境伯とシャルロットの周囲では遠巻きに『毒令嬢』や『猛毒娘』などという心ない言葉がチラホラと聞こえてくることもあった。
シャルロットの誘拐とその後の経緯は本人が隠そうともしなかった為にグベール帝国内の貴族の中では周知の事実となっている。
それにより、猛毒令嬢であるシャルロットの婚約者はまだ決まっておらず、シャルロット自身も特に婚約者を望んでいないことから辺境伯は愛娘が望むまでは自由にさせておこうという親心で今まで静観してきたのだ。
シャルロットが猛毒令嬢となったのは幼い頃の卑劣な犯人の行為からであり、本人の瑕疵はないにも関わらずこのような陰口を叩かれるなど辺境伯としては不本意で腹立たしいことであったが、愛娘が誰とも婚姻を結ばずに辺境の地で生涯を過ごすことになったとしてもそれはそれで良いと考えていた。
「シャルロット、そろそろワルツの時間だ。行こうか。」
「はい、お父様。」
デビュタントの若い女性たちとそのパートナーが会場の真ん中へと集まり、ファーストダンスが始まった。
辺境伯は妻がダンス好きということもありかなりの腕前であったが、シャルロットもイヴァン相手にそれこそ文字通り血の滲むような稽古の末に素晴らしいダンスが踊れるようになっていた。
「シャルロット、とても綺麗だよ。お前があまりに美しく踊るから皆お前のことを見ているようだ。」
「お父様が公の場でダンスを踊ることは珍しいことですから、それで皆見ているだけですよ。」
「そんなことはない、きっと踊り終わった頃にはお前にダンスの申し込みが殺到するはずだ。」
辺境伯は娘のことをとても可愛がっていたので、たとえ身体の内に猛毒を宿していようとも気にする素振りを見せたことはない。
シャルロットも、他人と接する時には細心の注意を払っていたからこれまで誰もシャルロットの毒に侵されたものはいなかった。
「お父様は親バカね。自分の命を危険に晒してまで私と踊りたい方などいません。あ、それでもイヴァンは別ですけれど。」
優しい辺境伯の心遣いに、シャルロットは父とのダンスだけでもう充分だと思っていた。
デビュタントのダンスが終わると、二人は一旦壁際へと下がる。
「シャルロット、何か飲み物でも取って来ようか?」
始めての場で父親が傍を離れることは心細く感じたが、自分は猛毒令嬢でそれを知る者は近づくわけもないだろうとシャルロットは大人しく父親の帰りを待つことにした。
0
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

だから言ったでしょう?
わらびもち
恋愛
ロザリンドの夫は職場で若い女性から手製の菓子を貰っている。
その行為がどれだけ妻を傷つけるのか、そしてどれだけ危険なのかを理解しない夫。
ロザリンドはそんな夫に失望したーーー。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる