5 / 44
5. 猛毒令嬢にデビュタントは無駄なのでは
しおりを挟む話を聞いた辺境伯と辺境伯夫人は戦慄し、我が子が猛毒に侵されていることをはじめは嘆き悲しんだ。
しかし、『生きていてくれたことこそが奇跡』だと喜んだのだ。
それは辺境伯家の使用人たちも同じで、イヴァンは『辺境伯領の人々は大概のことでは動じない』という常に危険と隣り合わせの辺境にはぴったりの習性を持つという事を身に染みて理解するのである。
それにより、イヴァンはその後誰からも反対されることもなくすんなりと『従者のイヴァン』としてシャルロットに付き従うこととなった。
ギョクランがつけたシーハンと言う過去の名を捨てて、この国に馴染みやすいイヴァンという名に改めたのもその時である。
辺境伯領の人々の独特の性質と辺境伯本人の豪胆さはそのうち、感情を無くしていたイヴァンをも感情的に変えた。
主人であるシャルロットが恥ずかしく無いように、シャルロットが求める事を完璧にこなせるようにと並々ならぬ努力を重ねたイヴァンは、今やどこの家の従者よりも優れているとお墨付きをいただくほどである。
「ねえ、イヴァン。デビュタントなんて、私やっぱりしないといけないの?」
「お嬢様、デビュタントはこの国の御令嬢の憧れですよ。一人前のレディーと認められ、婚姻相手を探す事ができるようになった事を示す日なのですから。純白のドレスと長手袋のスタイルは、舞踏会ではデビュタントの時にしか身につけられないのですよ。」
「それは分かるけど。私はずっとこの辺境の地でマテューの補佐をしても良いと思ってるの。誰とも婚姻なんて結ばなくてもいいわ。猛毒令嬢の私と婚姻など、命懸けになるものね。」
シャルロットは三つ年下の弟マテューをとても可愛がっていて、自分が猛毒を身体に宿す令嬢だということもよく理解していたので誰とも婚姻などできるはずもないと考えていた。
故に周りの御令嬢のように良い婚約者を探すために社交界へ繰り出すなど、自分にとっては無駄でしか無いと思っていたのだ。
「お嬢様、いつか身体から毒は抜けます。暫しの我慢ですよ。」
「イヴァン、だって貴方はいつも婚姻などしないと宣言しているじゃない。身体に猛毒を宿しているからと。」
「私はお嬢様よりも長年身体に毒を溜め込んで参りましたから、五臓六腑だけでなく脳にまで回っております。お嬢様は身体の出来上がる五歳までにはこちらの辺境に帰ったのですから、毎日のあの解毒薬を欠かさず飲んでいただければ少しずつ体から毒は抜けていくのですよ。」
なんて事もないようにサラリと自分の惨状を話す従者に、シャルロットは表情を歪めた。
「貴方、さては脳まで毒がまわっているからあのような妄想日記などつけるようになったのね。それでも、何もしないよりはマシでしょうから貴方も解毒薬を毎日きちんと飲むのよ。いいわね?」
辛辣な言い方をしながらも、本心では従者のことを心配している主人のことをイヴァンは微笑ましく思っていた。
「承知いたしました。お嬢様。」
1
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

最愛の婚約者に婚約破棄されたある侯爵令嬢はその想いを大切にするために自主的に修道院へ入ります。
ひよこ麺
恋愛
ある国で、あるひとりの侯爵令嬢ヨハンナが婚約破棄された。
ヨハンナは他の誰よりも婚約者のパーシヴァルを愛していた。だから彼女はその想いを抱えたまま修道院へ入ってしまうが、元婚約者を誑かした女は悲惨な末路を辿り、元婚約者も……
※この作品には残酷な表現とホラーっぽい遠回しなヤンデレが多分に含まれます。苦手な方はご注意ください。
また、一応転生者も出ます。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【掌編集】今までお世話になりました旦那様もお元気で〜妻の残していった離婚受理証明書を握りしめイケメン公爵は涙と鼻水を垂らす
まほりろ
恋愛
新婚初夜に「君を愛してないし、これからも愛するつもりはない」と言ってしまった公爵。
彼は今まで、天才、美男子、完璧な貴公子、ポーカーフェイスが似合う氷の公爵などと言われもてはやされてきた。
しかし新婚初夜に暴言を吐いた女性が、初恋の人で、命の恩人で、伝説の聖女で、妖精の愛し子であったことを知り意気消沈している。
彼の手には元妻が置いていった「離婚受理証明書」が握られていた……。
他掌編七作品収録。
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します
「Copyright(C)2023-まほりろ/若松咲良」
某小説サイトに投稿した掌編八作品をこちらに転載しました。
【収録作品】
①「今までお世話になりました旦那様もお元気で〜ポーカーフェイスの似合う天才貴公子と称された公爵は、妻の残していった離婚受理証明書を握りしめ涙と鼻水を垂らす」
②「何をされてもやり返せない臆病な公爵令嬢は、王太子に竜の生贄にされ壊れる。能ある鷹と天才美少女は爪を隠す」
③「運命的な出会いからの即日プロポーズ。婚約破棄された天才錬金術師は新しい恋に生きる!」
④「4月1日10時30分喫茶店ルナ、婚約者は遅れてやってきた〜新聞は星座占いを見る為だけにある訳ではない」
⑤「『お姉様はズルい!』が口癖の双子の弟が現世の婚約者! 前世では弟を立てる事を親に強要され馬鹿の振りをしていましたが、現世では奴とは他人なので天才として実力を充分に発揮したいと思います!」
⑥「婚約破棄をしたいと彼は言った。契約書とおふだにご用心」
⑦「伯爵家に半世紀仕えた老メイドは伯爵親子の罠にハマり無一文で追放される。老メイドを助けたのはポーカーフェイスの美女でした」
⑧「お客様の中に褒め褒めの感想を書ける方はいらっしゃいませんか? 天才美文感想書きVS普通の少女がえんぴつで書いた感想!」
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
国樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。

愛のゆくえ【完結】
春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした
ですが、告白した私にあなたは言いました
「妹にしか思えない」
私は幼馴染みと婚約しました
それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか?
☆12時30分より1時間更新
(6月1日0時30分 完結)
こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね?
……違う?
とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。
他社でも公開
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる