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30. 情緒不安定なブラコン男

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「言ったわよ。デュオンはそれが理由で私の事一回殺したのよ?あなただってあの時、四百万リラと引き換えに時間を巻き戻してくれたくらいなんだから、覚えてるでしょ?」
「はははは! 確かに四百万リラを貰いましたねぇ。兄さんに殺された進藤美桜さんを、生き返らせるとか何とか言って」
「ほら、覚えてるじゃない」
「あれは私の得意な幻覚です。あなたは殺されたりなんかしてませんよ。すっかり騙されてくれて、ありがとうございます」
「え……嘘だったの? 私、あの時本当はデュオンに殺されてなかったって事?」
「私は幻覚を見せる事は出来ても、時を戻すような能力はありませんよ。あなたにとって、アレはいい脅しになったでしょう? もしかするともう殺されたくない一心でなおいっそう愛される努力をするのかと期待したのですが、本当にあなたは意外な動きばかりしてくれる」

 テトラの言葉に美桜は目を見開き、口が開いたままゆっくりと隣のデュオンを見た。
 デュオンは先程の二人のやり取りで全てを悟ったらしく、大きくため息を吐いて美桜の頭をポンポンと慰めるかのようにして優しく叩く。

(えっ、ポンポン……優しい……って、ちょっと待ってよ! どういう事⁉︎ あれって全部テトラが見せた幻覚だったの⁉︎ それじゃあ私は何の為に四百万リラを……)

 事実を知った事でクルクルと目まぐるしく表情の変わる美桜を見て、テトラはおかしくて堪らないという風に高く笑い声を上げる。
 美桜はそんなテトラに悪態をつく元気もなく、ただ落ち込んでいた。

「四百万……私の……四百万」

 そもそも初めの一千万だって、テトラの計画に美桜が必要だったのなら不必要な出費だったのだ。
 それにやっと気付いた美桜は、尚更ガックリと肩を落とす。
 
「テトラ、これ以上ミオで遊ぶな」
「おや、やっと話をしてくれましたね。あんまり進藤美桜ばかり喋るので、デュオ兄さんは私の素晴らしい計画に乗せられたと知って、ショックの余り口がきけなくなってしまったのかと思いましたよ……ッ」

 デュオンがテトラに殴りかかる。テトラは憎まれ口の途中で頬を殴られ、その勢いで後方に大きく吹き飛んだ。
 床に倒れ込むテトラの背中を踏み付け、見ているだけで寒気がしそうな程冷たい表情のデュオンが、低く暗い声を発する。
 
「その口、これ以上無駄を言えなくしてやろうか」

 そう言ってデュオンが体を丸めて防御の姿勢を取るテトラを蹴り飛ばすと、腹骨か何かがゴキリと嫌な音を立てた。テトラが暗い色の血を吐き、むせ込む。
 
 突然目の前で繰り広げられる圧倒的な暴力に、美桜は動けないでいた。いくら相手がテトラでも、デュオンの行為を止めなければならないと思うのに、足がすくんで全く言う事を聞かない。
 
「いいか、寿命は少し残してお前に全てくれてやる。それとお前の欲しがっている能力だが、無くなったとて別に人を殺す程度ならば不自由はない」
「……はは。デュオ兄さんの戦闘能力があれば……悪魔にさえ……勝てるのに」

 口元を血で濡らし、腹を押さえてテトラが言う。余程蹴られた腹が痛むのか、声は震えていた。
 
「俺はもう冥界に戻る気は無い。人間界で悪魔と戦う機会などそうそう無いだろう。それに、長く生き過ぎるのも退屈だ。俺はお前以上に十分生きたからな」
「私の……計画の通りにいきましたね……こう痛い目に遭うとは思いませんでしたが……」
「勝手に言っていろ。俺は俺のしたいようにするだけだ。金も欲しいと言うのなら、好きなだけ持って行け」

 デュオンはテトラの要求を飲むと言う。あとどのくらい残っていたのか美桜には想像もつかない寿命を渡し、能力を渡す。美桜の魂をテトラに渡すのはどうしても嫌らしい。
 
「デュオン……別に私は……」

 やっとの事で美桜がテトラの前に立つデュオンの背中に声を掛けられた。未だに震える足は動かない。
 デュオンが美桜を振り返る。相変わらずの絶対零度の眼差しで、真っ直ぐに美桜の姿を瞳に映す。
 
「人間のお前には分からないだろうが、魂は死神にとって特別な物だ。俺は誰かとお前を共有するつもりはない。俺の物に横から手を出されるのも我慢ならない」
「でも……」
「この男は昔からしつこい。殺せるものなら殺してやるが、死神は寿命が途絶えるまで何をしても死ぬ事がない。これからずっと付き纏われる事を思えば、俺の寿命や能力など瑣末事だ」

 やっと動けるようになった涙目の美桜が、おぼつかない足取りでデュオンに駆け寄り、ぐんと手を伸ばして逞しい体躯を抱き締める。
 デュオンも美桜からの抱擁に応え、幼子を宥めすかすかのように優しい手付きで髪を撫でた。
 
 自分がデュオンの弱みとなってしまった事で、取り返しのつかない決断をさせた。そう思った美桜は堪え切れずに嗚咽を漏らす。

「ミオ、お前がずっと俺の物なら、それでいい」
「う、うぅ……ここでめちゃくちゃヒーローらしい台詞言うなんて……反則だよぉ……ッ」
「またお前は……訳が分からぬ事を」
「デュオン……っ、好きい!!」
 
 己の胸の中で震えながら声高に愛を叫ぶ美桜の肩を抱いたデュオンは、もう一度苦痛に顔を歪めてその場からまだ動けないテトラの方へと視線を動かした。
 
 その時、何か目に見えない不思議な力が、二人の間を移動した。デュオンから、テトラへ。

「あ……? ははは……これで私は……兄さんよりも強い死神に……! デュオ兄さん、返してくれと言われても、もう返しませんよ」

 テトラは先程までの苦痛を忘れたかのようにすっくと立ち上がると、ダンスの如くその場でくるくると体を回転させる。

「ずっと……ずっと兄さんに憧れていたんです! 大好きな兄さんのようになりたいって! ははは! やった! 私はやっと、デュオ兄さんになれる! もう誰にも、役立たずの四男坊なんて言わせませんよ!」

 血塗れの唇に勝ち誇った笑みを浮かべ、テトラの赤い瞳は爛々と輝いていた。

「……結局……テトラは究極のブラコンだったって事?」

 はたと気付いたように美桜が呟く。耳聡くそれを聞きつけたテトラが、満面の笑みで答えた。
 
「まあ、進藤美桜さんの居た日本ではそうとも言いますね」
「うわ……好きだからこその憎しみってやつ。それにしても卑怯なやり方ね。性格わる……」
「何とでも。私は兄さんのような強い死神になる為に、どうすればいいか長い年月をかけて考えて来たんです。それがやっと叶ったんですよ!」

 あまりのテトラの喜びように美桜の涙はすっかり枯れ、これまでの怒りも、悔しさも何もかもすっ飛んでしまう。
 どっちにせよ、もうテトラに渡ってしまった寿命や能力は、非力な人間の自分にはどうにも出来ない次元の話なのだろうから。

「本当にごめんね、デュオン。私、このブラコン男に初めから利用されてるのも知らないで……」

 デュオンは僅かに目を細めただけで何も言わなかった。美桜が好きな二次元の世界の王道ヒーローであれば、ここでまた甘い声で愛の言葉を囁き、「気にするな」と言うのだろうが。
 デュオンは鬼畜キャラだ。いくら心を開いても、常に優しい態度などは見せない。

「私、償うから。デュオンの大事な能力や寿命を失わせちゃった分、これから死ぬまでずっと償うからね!」
「ほう、それは楽しみだ」

 腕の中にすっぽりと収まる美桜に向けて表情を緩めたデュオンは、その顔のまま、感情のこもらない声でテトラに向かって冷たく言い放つ。

「去れ。もう二度と俺とミオの前に姿を現すな」

 テトラは何か言いたげにしていたが、結局何も言わずに姿を消した。
 あの大袈裟な言動が胡散臭い死神にもう二度と会わないのだと思うと、美桜はほんの少しだけ寂しく思う。自分勝手な狙いがあったにしろ、美桜に二度目の人生を与えてくれたのは確かにテトラだったのだから。
 
「あ……もしかして、あれもテトラの幻覚だったのかな。バルコニーで……その、シた翌朝の。あの時実はテトラに会ったんだよね。平和に離縁したいなら有り金全部寄越せって言うから、断ったけど」

 バルコニーでの恥ずかしい一夜の後、美桜を案じるジョナサンとデュオンが話していた光景を思い出す。
 その時美桜はあの白い空間に招かれ、再びテトラに会ったのだ。

「関係ないにしては、タイミング良過ぎるよ」
「ああ、そうかもな」
 
 あの時美桜は、デュオンの本心を聞いたのだと思い、ひどく傷付いた。しかしデュオンはそんな出来事は無かったと言う。

(でも……何で?)
 
 テトラが離縁を手伝うと言ったのは、全ての企みが明らかになった今となってはかなり不自然な事だ。
 テトラにしてみれば美桜とデュオンの関係を深くしてこそ、この悪趣味な交渉に持ち込めるのだから。

「あ! もしかして! テトラって相当のブラコンだし、自分で仕向けときながらもデュオンを取られるのが嫌で、私に嫉妬した……とか? って、まさかねー!」
「……アイツならやりかねない。まあ、波風立てる為の、ただの気まぐれだったのかも知れないが」

 デュオンの方がテトラとの付き合いは長いはずだ。そのデュオンが言うのだから、美桜の想像は当たっている可能性が高い。
 そうでなければ、わざわざあんな事をして美桜を傷付ける理由も無ければ、デュオンと別れさせるのを手伝うと言う必要も無いのだから。

「なんか……すっごい情緒不安定な人だね。テトラって」

 もう二度と会う事も無いだろうが……美桜は既にここに居ないテトラに思いを馳せ、悪態をついた。

 
 

 
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