29 / 31
29. 両親へのご挨拶
しおりを挟むとりあえず、伯爵家の馬車に乗ったはいいが何処に行くか決めておらず出発できずにいた。
「あの、リュウ・シエン様。どこか行きたいところはございますか?」
「もし、マリーが良ければ……ご両親の眠っている場所へ連れて行ってくれないか?」
「両親の……」
途端にマリーは胸がグッと詰まる思いがした。
リュウ・シエンの提案は、思いがけないものであったがマリーにとっては嬉しくて目尻からポロリと涙が溢れたのだ。
「分かりました」
マリーは御者に合図をしてから、行き先を両親の眠る墓地へと決めた。
馬車が走り出すと、マリーは向かいに座るリュウ・シエンの方をまともに見れずに窓の外へと目線を逃していた。
既に涙は拭き取っていたが、赤くなった目を見られるのは恥ずかしいと感じた。
「マリー、実はリー・イーヌオに言われて気づいたんだが。俺はまだマリーにきちんと話をしてなかったと思って……」
「話とは?」
マリーは何となくリュウ・シエンが言いたいことを気づいていたのに、気づかないふりをして問う。
きっとこれからの二人の事についてだと分かっていたのに。
「……俺はマリーのことを大切に想っている。だから、フランク殿の婚姻が終わってからで良いから、共に俺の祖国へ帰ってくれないか?」
「お兄様の婚姻が成立してからで構わないのですか? まだ半年も先のことですよ? その間、リュウ・シエン様は一旦帰られるのですか?」
思わぬリュウ・シエンの提案に、マリーは答えるより先に質問してしてしまう。
リュウ・シエンは商会の仕事で来ているのだから、そんなに長くはこの国に滞在できないと思っていたからだ。
「いや、マリーが来ないうちは俺もこちらで仕事をする事にした。その間伯爵家で滞在しても良いとフランク殿からも提案されている。国の商会の方はリー・イーヌオの弟が何とかしているから心配ない。それで、マリーは俺と共に来てくれるか?」
リュウ・シエンは真剣な面持ちでマリーを見つめた。
ここは絶対に外せないとばかりに、恥ずかしくて目を逸らせたい衝動を必死に堪えていたのだ。
マリーの方はと言うと、やっとリュウ・シエンの口から欲しい言葉が貰えたことに嬉しくて、飛びつきたい気持ちを堪えながらも何とか声を絞り出した。
「はい。私も、これからずっとリュウ・シエン様と生きていきたいです」
それを聞いたリュウ・シエンは、突然胸を押さえてのけぞった。
顔は馬車の天井に向けて、深呼吸しているようだ。
「リュウ・シエン様も緊張してますか?」
マリーがおずおずと尋ねると、リュウ・シエンはやっと顔を下げてマリーの方へと向けた。
その表情はやはり頬が朱色に染まっていて、分かりやすいくらいに照れている。
「他のことでこんなに緊張することはないし、心が揺さぶられることもないんだが、どうしてもマリーの方を未だにまともに見られないくらいには緊張している」
マリーはフワリと優しい笑顔を浮かべてリュウ・シエンに言った。
「私も、リュウ・シエン様のことが好き過ぎて……これでもとても緊張しているんです。これから一緒に、少しずつ慣れていきましょうね」
二人の間に甘ったるい空気が流れた時、ちょうど馬車が停まって御者から声が掛けられた。
二人はいそいそと馬車から降りると、美しい花に囲まれた教会の裏手にある墓地へと足を踏み入れる。
「この奥です」
マリーがリュウ・シエンを案内して墓地の奥へと足を進めると、やがてまだ新しく見える墓石が見えてきた。
「ここに、父と母は一緒に眠っているんです。……お父様、お母様この方は私の大切な方です。お父様たちに会いたいと言ってくださって、わざわざ足を運んでくれたんですよ」
マリーは墓石の前に立ち、両親に向かって話しかけた。
地面に据え置かれた四角く黒い墓石には、前伯爵夫妻の名前が刻まれている。
「マリーの父上と母上にはお元気な時にお会いすることは叶わなかったが、これからはフランク殿に代わって俺が必ずマリーを幸せにすると約束する。どうか、見守っていて欲しい」
地面に膝をつき、跪いて墓石に向かって語りかけるリュウ・シエンの背中に、マリーは思わず手を伸ばして己の身体を添わせた。
愛しい相手の背中にぴたりと身体をくっつけて、聞こえてくる鼓動は少しばかり早鐘のようで。
「ありがとうございます、リュウ・シエン様。父も母もきっと、貴方のように素敵な方を私が連れてきたことを喜んでいると思います。……本当にありがとう」
リュウ・シエンは背部に感じるマリーの温かな感触に静かに微笑んでから、肩に乗せられた手に己の手を重ねた。
0
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
【悪役令嬢は婚約破棄されても溺愛される】~私は王子様よりも執事様が好きなんです!~
六角
恋愛
エリザベス・ローズウッドは、貴族の令嬢でありながら、自分が前世で読んだ乙女ゲームの悪役令嬢だと気づく。しかも、ゲームでは王子様と婚約しているはずなのに、現実では王子様に婚約破棄されてしまうという最悪の展開になっていた。エリザベスは、王子様に捨てられたことで自分の人生が終わったと思うが、そこに現れたのは、彼女がずっと憧れていた執事様だった。執事様は、エリザベスに対して深い愛情を抱いており、彼女を守るために何でもすると言う。エリザベスは、執事様に惹かれていくが、彼にはある秘密があった……。
婚約破棄寸前の悪役令嬢に転生したはずなのに!?
もふきゅな
恋愛
現代日本の普通一般人だった主人公は、突然異世界の豪華なベッドで目を覚ます。鏡に映るのは見たこともない美しい少女、アリシア・フォン・ルーベンス。悪役令嬢として知られるアリシアは、王子レオンハルトとの婚約破棄寸前にあるという。彼女は、王子の恋人に嫌がらせをしたとされていた。
王子との初対面で冷たく婚約破棄を告げられるが、美咲はアリシアとして無実を訴える。彼女の誠実な態度に次第に心を開くレオンハルト
悪役令嬢としてのレッテルを払拭し、彼と共に幸せな日々を歩もうと試みるアリシア。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
運命の恋人は銀の騎士〜甘やかな独占愛の千一夜〜
藤谷藍
恋愛
今年こそは、王城での舞踏会に参加できますように……。素敵な出会いに憧れる侯爵令嬢リリアは、適齢期をとっくに超えた二十歳だというのに社交界デビューができていない。侍女と二人暮らし、ポーション作りで生計を立てつつ、舞踏会へ出る費用を工面していたある日。リリアは騎士団を指揮する青銀の髪の青年、ジェイドに森で出会った。気になる彼からその場は逃げ出したものの。王都での事件に巻き込まれ、それがきっかけで異国へと転移してしまいーー。その上、偶然にも転移をしたのはリリアだけではなくて……⁉︎ 思いがけず、人生の方向展開をすることに決めたリリアの、恋と冒険のドキドキファンタジーです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる