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29. 両親へのご挨拶

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 とりあえず、伯爵家の馬車に乗ったはいいが何処に行くか決めておらず出発できずにいた。

「あの、リュウ・シエン様。どこか行きたいところはございますか?」
「もし、マリーが良ければ……ご両親の眠っている場所へ連れて行ってくれないか?」
「両親の……」

 途端にマリーは胸がグッと詰まる思いがした。
 リュウ・シエンの提案は、思いがけないものであったがマリーにとっては嬉しくて目尻からポロリと涙が溢れたのだ。

「分かりました」

 マリーは御者に合図をしてから、行き先を両親の眠る墓地へと決めた。

 馬車が走り出すと、マリーは向かいに座るリュウ・シエンの方をまともに見れずに窓の外へと目線を逃していた。
 既に涙は拭き取っていたが、赤くなった目を見られるのは恥ずかしいと感じた。

「マリー、実はリー・イーヌオに言われて気づいたんだが。俺はまだマリーにきちんと話をしてなかったと思って……」
「話とは?」

 マリーは何となくリュウ・シエンが言いたいことを気づいていたのに、気づかないふりをして問う。 
 きっとこれからの二人の事についてだと分かっていたのに。

「……俺はマリーのことを大切に想っている。だから、フランク殿の婚姻が終わってからで良いから、共に俺の祖国へ帰ってくれないか?」
「お兄様の婚姻が成立してからで構わないのですか? まだ半年も先のことですよ? その間、リュウ・シエン様は一旦帰られるのですか?」

 思わぬリュウ・シエンの提案に、マリーは答えるより先に質問してしてしまう。
 リュウ・シエンは商会の仕事で来ているのだから、そんなに長くはこの国に滞在できないと思っていたからだ。

「いや、マリーが来ないうちは俺もこちらで仕事をする事にした。その間伯爵家で滞在しても良いとフランク殿からも提案されている。国の商会の方はリー・イーヌオの弟が何とかしているから心配ない。それで、マリーは俺と共に来てくれるか?」

 リュウ・シエンは真剣な面持ちでマリーを見つめた。
 ここは絶対に外せないとばかりに、恥ずかしくて目を逸らせたい衝動を必死に堪えていたのだ。

 マリーの方はと言うと、やっとリュウ・シエンの口から欲しい言葉が貰えたことに嬉しくて、飛びつきたい気持ちを堪えながらも何とか声を絞り出した。

「はい。私も、これからずっとリュウ・シエン様と生きていきたいです」

 それを聞いたリュウ・シエンは、突然胸を押さえてのけぞった。
 顔は馬車の天井に向けて、深呼吸しているようだ。

「リュウ・シエン様も緊張してますか?」

 マリーがおずおずと尋ねると、リュウ・シエンはやっと顔を下げてマリーの方へと向けた。
 その表情はやはり頬が朱色に染まっていて、分かりやすいくらいに照れている。

「他のことでこんなに緊張することはないし、心が揺さぶられることもないんだが、どうしてもマリーの方を未だにまともに見られないくらいには緊張している」

 マリーはフワリと優しい笑顔を浮かべてリュウ・シエンに言った。

「私も、リュウ・シエン様のことが好き過ぎて……これでもとても緊張しているんです。これから一緒に、少しずつ慣れていきましょうね」

 二人の間に甘ったるい空気が流れた時、ちょうど馬車が停まって御者から声が掛けられた。

 二人はいそいそと馬車から降りると、美しい花に囲まれた教会の裏手にある墓地へと足を踏み入れる。

「この奥です」

 マリーがリュウ・シエンを案内して墓地の奥へと足を進めると、やがてまだ新しく見える墓石が見えてきた。

「ここに、父と母は一緒に眠っているんです。……お父様、お母様この方は私の大切な方です。お父様たちに会いたいと言ってくださって、わざわざ足を運んでくれたんですよ」

 マリーは墓石の前に立ち、両親に向かって話しかけた。

 地面に据え置かれた四角く黒い墓石には、前伯爵夫妻の名前が刻まれている。
 
「マリーの父上と母上にはお元気な時にお会いすることは叶わなかったが、これからはフランク殿に代わって俺が必ずマリーを幸せにすると約束する。どうか、見守っていて欲しい」

 地面に膝をつき、ひざまずいて墓石に向かって語りかけるリュウ・シエンの背中に、マリーは思わず手を伸ばして己の身体を添わせた。

 愛しい相手の背中にぴたりと身体をくっつけて、聞こえてくる鼓動は少しばかり早鐘のようで。

「ありがとうございます、リュウ・シエン様。父も母もきっと、貴方のように素敵な方を私が連れてきたことを喜んでいると思います。……本当にありがとう」

 リュウ・シエンは背部に感じるマリーの温かな感触に静かに微笑んでから、肩に乗せられた手に己の手を重ねた。
 
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