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25. 既成事実

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「怒ったのか? 怒るよな……。俺は今までロンハオの会長としてどんな大きな商談だって卒なくこなしてきたんだ。それなのに、マリーの事となると冷静になることはできないし、うまくいかない。何でだろうな……」

 リュウ・シエンはカボチャ頭をガックリさせた。

「それで、リュウ・シエン様はそのくらい私のことを愛してくださっているということで間違い無いのですか?」

 マリーの声にカボチャの顔を上げたリュウ・シエンはブンブンと頷いた。

「勿論だ! 自分で言うのもなんだが、いつもはもっとしっかりしているんだ! 何故かマリーのこととなると情け無い奴になってしまう……。今はまだカボチャ頭だからまだ恥ずかしげも無い事を言ったりしたり出来ているが、素顔ではマリーの顔を直視出来るかすら怪しいんだ……」

 段々と声が小さくなるリュウ・シエンに、マリーはそっと近づいた。

「私、情け無い人には慣れてますから。それに、リュウ・シエン様のこと、私もとっくに愛してるんです。カボチャでも何でも……私のことを理解して、愛してくれる貴方のことが大好きですから」

 そう言ってマリーはリュウ・シエンにガバリと抱きついた。

「そのカボチャ頭も割と好きでしたのに、もうすぐお別れなんて寂しいですね」

 リュウ・シエンはマリーをギュウッとと抱きすくめてから、自信なさげに呟いた。

「素顔を見て、マリーに嫌われたらどうしよう……」
「ふふっ……。どんな顔をしていても、私は貴方のことが好きです」

 そうして二人は二度目の口づけを交わそうとゆっくり近づいた時、突然辺りが眩しく輝いた。

 次の瞬間マリーが目を開いた時には、目の前のリュウ・シエン……の物と思われる柔らかな唇がマリーの唇に重なったところであった。

 マリーは好奇心から、懸命に顔を見ようとするのにリュウ・シエンはガッチリとマリーの頬を固定して離そうとしないのだ。

はのあの……ひゅうひえんひゃまリュウ・シエン様……?」

 唇の隙間が僅かに開いた時にマリーがそう呼ぶと、リュウ・シエンはフフッと笑ってやっと距離を開けた。

「だって、口づけの前に素顔を見せてマリーに嫌われたらどうするんだ?」

 マリーの目の前に現れたのは、それはそれは整った顔立ちの青年で。

 艶々とした黒髪は長めの前髪で、その下にはあのカボチャのくり抜きからも見えていた黒曜石のような瞳、スウッと伸びた鼻筋に薄めの唇は形が整っている。

 全体的にこの国のものとは違う異国の顔立ちに、マリーは思わず目を奪われて……。

 そんなマリーと目を合わせたリュウ・シエンは顔を赤らめて、サッと目を逸らしてしまう。

 そしてマリーの傍から離れてフラリとふらついた。

「ダメだ……。カボチャ越しでない生マリーは刺激が強すぎる……」
「え……? 何ですか?」

 リュウ・シエンはその整った顔立ちで眉をハの字に下げて、耳まで真っ赤に染めている。
 開いた手を目の前にかざして、その隙間からマリーを覗いているようだ。

「マリーが愛しすぎて直視できん……」

 マリーはリュウ・シエンの言葉を理解すると、こちらも顔を真っ赤に染めて頬に手を当てた。

「リ、リュウ・シエン様も素敵すぎて……、どこを見たら良いのか困ります」

 二人の間に甘ーい空気が流れた後、カーテンがシャアーっと開いてリー・イーヌオが現れた。

「はいはい、我が主人大変おめでとうございます。それでは今から侯爵様のお言葉が始まりますからね。良かったですね、皆に紹介される前に元に戻れて。さあさあ、行きますよ」

 リー・イーヌオはリュウ・シエンをズルズルと引きずるようにして広間へと出て行った。

 マリーはリー・イーヌオの後ろからついてきていたフランクにニッコリ微笑んでからその腕を組む。

「お兄様、後でしっかりと今回のことについて詳しいお話を聞かせてくださいませね」
「は、はい……」

 フランクはのちに可愛い妹からきつーいお仕置きをされることを覚悟した。

 そうして四人が広間に戻ると、侯爵は軽く頷いてから招待客に向けて挨拶を始めた。

「さあ、そろそろ宴もたけなわではあるが皆に紹介したい。此度の事業を共に立ち上げた若き二人の戦友、リュウ・シエン殿とフランク・ド・ラヴァンディエ伯爵!」

 招待客のざわめきと歓声の中、リュウ・シエンとフランクはガルシア侯爵の両脇へと立った。

 異国の人間であるリュウ・シエンの整った顔立ちと、瓶底レンズの眼鏡を外したフランクに、令嬢方から悲鳴に近い歓声が上がる。

 マリーは少しばかりそれに対して頬を膨らませた。
 リー・イーヌオはそんなマリーをすぐ隣でニコニコと微笑みながら見ていた。

 招待客からは割れんばかりの拍手が起こり、マリーはチラリと周りを見渡した。

 アルバンとその腕に未だ絡みつくサラが、驚愕の表情で侯爵の隣に立つフランクを見ていた。
 馬鹿にしていた相手が、まさに侯爵の新規事業に欠かせない人物だったと知って呆然としているようだ。

 アルバンなど、握った拳と肩をガタガタと震わせている。
 
「そして、此度さらにめでたいことに、このリュウ・シエン殿とフランク・ド・ラヴァンディエ伯爵の妹君であるマリー・ド・ラヴァンディエ伯爵令嬢が婚姻を結ぶこととなったらしい!」

 マリーもリュウ・シエンも、フランクも寝耳に水であったが、会場の盛り上がった雰囲気は今更どうにもできそうもない。

 マリーとリュウ・シエンがリー・イーヌオを見ると、リー・イーヌオはニコニコと狐のような笑顔を浮かべて、『さあさあ』とマリーをリュウ・シエンの近くまで導いた。

 どうやらこの既成事実を作った黒幕はリー・イーヌオらしい。

「今宵は実にめでたい。皆、若い二人に祝福を!」

 リュウ・シエンは耳まで赤い顔をしながらも、マリーへと手を伸ばしてエスコートし、自分の隣へと立たせた。
 マリーは招待客に向けてぎこちないながらも笑顔を見せる。

 招待客たちは再び割れんばかりの拍手で二人を祝福したのだった。






 

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