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20. こちらのジレジレは解決
しおりを挟む明日は十月三十一日。
この国ではハロウィンというものは死者の霊が訪ねてくる日とされている。
カボチャのランタンは異国から最近になって入ってきた文化で、ハロウィンの日にランタンを飾ることで悪霊を遠ざけるということで、今年は街中にも多く飾られているのが見られていた。
「まさかねぇ、本当にマリーを取られちゃうなんて思わなかったよ」
ラヴァンディエ伯爵家の当主の執務室で、フランクは溜息混じりに呟いた。
「残念でしたね。お嬢様だって年頃ですもの。恋だってしますよ」
「頭では分かってるんだけど、兄としては寂しいよ。マリーが居なくなったら、僕はどうしたらいいんだろうね?」
蝋燭だけの薄暗い執務室では、フランクと細身の影が親しげに会話をしていた。
「フランク様もそろそろ奥様をお迎えになっては?」
細身の影はそう言うと、一歩前に出て月明かりの下にその姿を現した。
「意地悪だなぁ。僕が妻にしたいと思っているのは君だって知ってるだろう? エマ」
フランクは眉を下げて目の前に立つエマに囁いた。
エマは背筋をピンと伸ばして、あくまで使用人としての態度を崩さない。
「お戯れならばよろしいですけれど、妻となると……私は平民ですから」
「エマ、僕は昔父上が君をここに連れてきた時から君のことがずっと好きだよ。君は父上の親友である没落した貴族の娘だったにも関わらず、使用人として懸命に働いてくれた。慣れない仕事にも一生懸命で、マリーにも優しい。僕は君以外はの女性と結婚する気はないよ」
エマの父親は伯爵位を持っていて、エマは伯爵令嬢であったがその家は没落して両親はその心労から亡くなった。
それを憐れんだラヴァンディエ前伯爵がエマを使用人として引き取ったのだ。
そうでもしなければ娼婦などの職に就くしか生きていく術はなかったのだから。
「私は前伯爵様に大変な恩を感じております。もちろんフランク様にも。だからこそ、貴方には相応しい女性と婚姻を結んでいただきたいのです。そうしなければ前伯爵様に申し訳が立ちません」
エマは黒い瞳をそっと伏せた。
月明かりに照らされたその肩は細く震えているようにも見える。
「ねぇ、エマ。これは父上からの手紙だ。僕は父上が存命な時にお願いしていたんだよ。エマが許してくれるならば妻にしたいと。父上はエマがそれで良いならばと言ってくれていたんだ。これがその証拠だよ。僕はマリーを守らないといけないと思っていたから……伝えるのが遅くなってごめんね」
色褪せて、何度も読み返したのか皺が目立つ手紙をフランクはエマに手渡した。
エマは震える手でその封筒を開く。
封蝋は確かにラヴァンディエ伯爵家のもので、その表に書かれた文字は前伯爵のものであった。
便箋に目を通したエマはその黒い瞳から透明の雫をポトリポトリと溢した。
フランクはそんなエマを優しく抱き寄せる。
そしてそのブルネットの髪に唇を寄せて囁いた。
「エマ、僕と共にこの伯爵家を守っていってくれないか。どうやらマリーはここを去ってしまうようだから、僕はエマに妻として支えてもらわないと上手くやっていけそうにないよ」
「……フランク様、本当に私でいいのですか?」
「妹のマリー以外にはエマじゃないと無理だよ。こんな僕のずっと傍でいてくれるのは」
お互いに我慢してずっともどかしい想いを持ち続けていた二人は、やっと目を合わせて素直になれた。
「エマ、愛してる」
「ありがとうございます。貴方はご存知でしょうが、私もずっとお慕いしていました」
「ごめん、知ってたよ」
薄暗い執務室で、青白い月光に照らされながら長年じれ続けた二人はやっと愛を確かめ合ってから口づけを交わした。
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