上 下
17 / 31

17. シスコン兄の仮面

しおりを挟む

「実はね、アルバン。僕は亡くなった父に代わって、もう何年も君の父君であるガルシア侯爵と話をさせてもらっているけれど、そんなことをしたとしてもきっと喜ぶような人じゃない。それどころか、マリーをそんなことに利用したと知ったら君を絶縁するかも知れない。こんなことはやめた方が君のためだ」

 いつも情けないことばかり言っているフランクが、今は瓶底眼鏡を押さえつつもまともなことを話している。

「フランク! お前は昔からそうだ! 僕の方がどう見ても優れているのに! そのふざけた瓶底眼鏡の奥の、どこか馬鹿にしたようなその目だ! 普段は情けない奴のフリをして、こんな時には僕をさげすんで笑っているんだ! 変人の妹共々気色の悪い奴らだ!」

 アルバンは両手で自分の髪をクシャクシャと掻きむしり、血走った青い目でフランクを睨みつけた。

 そうしてフランクはというと、カチャリと音を立てて分厚いレンズの眼鏡を外した。

 そして、目頭を二、三度押さえてからサラリとした肩までの赤い髪を揺らしてからアルバンに向かって嫣然えんぜんと笑いかけた。

 紫色の瞳は妖しく煌めいて、いつもは大きな眼鏡に隠された顔の造りも露になる。

 元々兄も妹も整った顔立ちであったから、普段の情けない言動が隠れたフランクは不思議と迫力がある。

 そんなフランクが呆れたような声音で言葉を放った。

「はぁー……。アルバン……、君は本当に馬鹿なんだから僕に馬鹿にされたって仕方ないじゃないか。ああ、馬鹿にはそんなことすら馬鹿なことだと分からないのか。いや、そこまで馬鹿だとは思っていなかったものでね」
「な! なんだと⁉︎    フランク! 何度も馬鹿馬鹿と! お前、誰に向かってそんな口を……!」

 アルバンは顔を真っ赤にして、全身をブルブルと震わせて怒っている。

「アルバン、とりあえず今日は帰った方がいい。何なら侯爵家に使いを出して迎えに来てもらおうか? 悪いけど、僕の世界一可愛い妹を不快にするような人間はこの屋敷に少しの間も存在して欲しくないんでね。これでも昔馴染みのよしみで優しく言ってあげてるんだよ?」

 フランクは普段の姿からは想像もつかないような冷酷な表情と声音でアルバンに対峙している。
 
 アルバンは未だに顔を真っ赤にして、ブルブルと震えながら拳を強く握りしめている。

「お前のマリーに対する愛着と執着は異常だ! マリーに構ってもらいたいからってそんな馬鹿げた眼鏡をかけて、それに情けない野郎のフリなんかしてるんだからな! 本当は何でもそつ無くこなす癖に! 本当に、昔から嫌な奴だよ!」

 マリーはそう叫ぶアルバンの言葉に、思わず兄の方を見やった。
 フランクはただ、余裕のある笑みを浮かべてアルバンの方を見ていた。

「それは光栄だね。お前にそう思われていたなんて嬉しいよ。ジョルジュ、アルバン・レ・ガルシア侯爵令息はお帰りになるそうだ。玄関まで丁重にお送りしろ」

 壁際に控えていたジョルジュに対してフランクがそう命じると、ジョルジュはアルバンを促してサロンを出て行った。

 最後まで、アルバンはフランクとマリーをキッと睨んでいたが、特にそれ以上言葉を発することはなかった。

 アルバンがサロンを出ていくと、フランクはまた瓶底眼鏡をかけた。
 そしてマリーの方へと近づいて、ギュッとその身体を抱きしめた。

「ごめんね、マリー。怒ってる?」

 フランクはマリーに恐る恐る尋ねた。
 確かにマリーはアルバンの言っていたことが衝撃的であった。
 
 ずっと頼りないと思っていた、自分が何とかしてあげないとと思っていた兄が実はとても頼れる人物だったのだ。
 しかも、マリーに構ってもらいたいがためにわざとそのように振る舞っていたという。

「お兄様、どうして?」
「そんなの、僕のマリーが可愛いからに決まっているじゃないか。僕が頼りなければ、マリーは優しくしてくれるし、ずっと傍でいてくれるだろう?」

 眉をハの字にしてすっかりいつもの情けないフランクに戻った兄を、マリーは疑惑の目で見つめていた。

「そんなことしなくても、私はいつもお兄様の味方なのに。それなら、やっぱり本当は何でもできちゃうのね。いつもの頼りないおっちょこちょいなお兄様は偽りの姿だったの?」
「そんなことはない。昔は確かにそうだったんだ。だけど、成長するうちにそれなりにできるようになってきただけだよ。特に、伯爵位を継いでからは僕がマリーを守らないといけないと思って……」

 兄に抱きしめられていたマリーは、少しその身体を離した。
 フランクは、不安げな顔でマリーを見つめた。

「マリー、騙すみたいなことしてごめんね」

 マリーはじっと兄の顔を見つめてから、やはりレンズが重くてずれ落ちる眼鏡をそっと直してやった。

「いいわ。お兄様、さっきとても格好良かったから。これからも時々は情けないお兄様でも許してあげる」

 フランクは瓶底眼鏡の奥で目を細めた。
 そしてフワリと微笑むと、またマリーを抱きしめた。

「マリー、ありがとう」
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

かりそめマリッジ

ももくり
恋愛
高そうなスーツ、高そうなネクタイ、高そうな腕時計、高そうな靴…。『カネ、持ってんだぞ──ッ』と全身で叫んでいるかのような兼友(カネトモ)課長から契約結婚のお誘いを受けた、新人OLの松村零。お金のためにと仕方なく演技していたはずが、いつの間にか…うふふふ。という感じの王道ストーリーです。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ

音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。 だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。 相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。 どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

処理中です...