15 / 31
15. 微妙にすれ違う二人
しおりを挟むマリーはやはり温室にいた。
ガラス張りの温室はほんのり暖かくて、いつも冷たくなったマリーの心を癒してくれる。
「どうして逃げてきてしまったのかしら……。きっとリュウ・シエン様は呆れているわ。せっかく助けてくださったのに」
薔薇の花たちへ話しかけながら、マリーはその紫色の瞳に透明の膜を張った。
やがてそれは大きな雫となり、マリーの頬を伝う。
「だって、なんだか恥ずかしいやら切ないやらで訳が分からなくなってしまったんだもの。リュウ・シエン様が私に優しく接するのは、早く呪いを解いて欲しいからだわ。決して私のことを好きだとか、そのようなことではないのだから」
薔薇はもちろん答えたりしないが、マリーはいつも落ち込んだり悲しいことがあると母親の育てていた薔薇にこうやって話しかけるのだ。
それはまるで母親に話しかけているような気分になれるから。
「きっと呪いが解けたら、リュウ・シエン様はさっさとこの屋敷を去って国に戻ってしまう。私はこの初恋を胸に秘めて、また変人の魔女令嬢と呼ばれて生きていくのね。アルバンのことは、まだどうなるかは分からないけれど……」
せっかく知った初恋は、期間限定の契約恋愛で。
自分自身が言い出したことだからこそ、どうにもならない切なさが込み上げてきて、マリーは鼻の頭を赤くした。
「私は既にリュウ・シエン様のことを想っているから、あとはリュウ・シエン様が一時でも私のことを想ってくれれば呪いは解けてしまう。カボチャ姿でいるのは苦痛なようだから、何としてでも私のことを愛そうとしてくれているはずよね」
リュウ・シエンがマリーのことを愛したとしても、それは呪いを解くためのもので。
「そんなの、嫌……」
マリーは自分の髪のように真っ赤な薔薇の花を、指で優しく触りながらため息を吐いた。
ガチャリと音がして、温室の入り口の扉が開く。
誰が来たにしても見せたくはないと、急いで涙を拭ったマリーがそちらへと目を向けるとそこにはカボチャ頭のリュウ・シエンがいた。
「マリー、急にあんなことをして悪かった。とにかくあの女から助けないとと思って言ったことだったが……。もう少しよく考えれば、うまいやり方があったかも知れない」
リュウ・シエンの表情はもちろん分からないが、その声音はどこか元気がないように思えた。
いつもの少し横柄なほどの自信の満ちた声音ではないことにマリーは気づいた。
「あんまりな言い分に、今の自分の姿がこれだということすら失念していた。悪かった」
リュウ・シエンはゆっくりとマリーに近づきながら、声の届く程度の距離で立ち止まって謝罪した。
マリーは咄嗟に何も答えられなかった。
自分の思っていたことと全く見当違いのことでリュウ・シエンが謝っているから、どうしたものかと思案していたのだ。
しかしだからと言って正直に自分の気持ちを話す勇気はない。
「……いえ、助けてくれてありがとうございました。プラドネル伯爵令嬢から話を聞いてアルバンがどう出てくるかは分かりませんが、そもそも今日のようなことがあったのですから。それを理由に断ることだってできるかと……。この点ばかりは、女たらしのアルバンに感謝するしかありませんね」
マリーはサラのおかげで婚約を断る真っ当な口実ができた。
プラドネル家のサラと揉めてまで婚約することはできないと。
「そうか。確かに、今日の突撃は婚約を断る良い口実にはなったな」
「はい。ですから、リュウ・シエン様は謝らないでください。どちらにしても呪いは解けるようにきちんと協力しますから……。心配しなくても大丈夫です」
リュウ・シエンはマリーの言葉に何も返答しない。
ただ、そのカボチャ頭でじっと立ち尽くすだけだった。
「……ほら、やっぱりそこが心配だったのね」
マリーはポツリと悲しげに小さく呟いたが、離れた位置でいたリュウ・シエンには聞こえなかった。
リュウ・シエンの方はというと、マリーが自分の咄嗟の行動を怒っていないことやアルバンとの婚約を断れる口実が出来たというのに、未だにどうして辛そうなのか理解できずにいたのだ。
二人ともが微妙に遠慮した結果のすれ違いによって気まずい雰囲気の流れる中、マリーは努めて明るい声を出した。
「そうでした! サロンでお茶でもしようと思ってお呼びたてしたんでしたね。今から参りましょう」
リュウ・シエンはそんなマリーの虚勢のような声に、カボチャ頭でもそれが伝わるほどに困惑していた。
「ああ、だが……」
「リュウ・シエン様! それ以上何もおっしゃらなくてもいいんです。全て分かっていますから」
マリーは、リュウ・シエンの口から何か決定的な言葉を聞きたくない一心で言葉を被せて遮った。
その決定的な言葉というのは、『呪いを解くため』とか『契約恋愛のため』とか散々今までもお互いに言ってきたような言葉の数々ではあったが、今はそんな言葉をリュウ・シエンの口から絶対に聞きたくなかったのだった。
リュウ・シエンの方も、そんなマリーに対してどうしたら良いのか分からずに黙ってしまう。
数々の商談を成功させてきたこの男も、繊細な女心には疎いのだ。
「さあ、それではサロンへ参りましょう」
マリーは儚くも見える無理矢理な笑顔をリュウ・シエンに向けて温室を出た。
0
お気に入りに追加
188
あなたにおすすめの小説
魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる