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12. 晩餐と散歩
しおりを挟むマリーが食堂を訪れると、すでにフランクとリュウ・シエンが向かい合って座り、そしていつの間に帰ってきたのかリー・イーヌオがリュウ・シエンの隣の席に着いていた。
「お待たせして申し訳ありません」
いつもの食堂のはずなのに、マリーはどこかリュウ・シエンを意識してしまって動きがぎこちなくなってしまう。
「マリー、今日のドレスも可愛いね」
フランクは妹にならばサラリとこのような世辞も言えるのだ。
世辞ではなくて本心から自分の妹が世界一可愛いと思っているからかも知れないが。
「ありがとう、お兄様」
マリーがそう言ってフランクの隣の席に着くと、リュウ・シエンがカボチャ頭をスッとマリーの方へと向けた。
「確かに、その黒いドレスはマリーによく似合う」
「ありがとう、ございます」
たかがカボチャ、されどそれはリュウ・シエンなのだ。
きっと契約恋愛の為だろうが、たったその一言の世辞でさえ恋を自覚してしまったマリーを翻弄するのである。
また動悸がしたのか、さりげなく胸を押さえるマリーに気づかずに、フランクは晩餐の始まりを告げた。
一応、リュウ・シエン用の食事も準備されたが勿論食べることは出来ないので隣に座ったリー・イーヌオが全て平らげた。
「すまないが、リー・イーヌオがどんどん豚のようになっては困るからこれからは俺の分は準備しなくてもいい」
「我が主人、私は食べても太らないタチなのですよ」
「いや、お前はお前の分だけ食べていればいいんだ」
そんな二人のやり取りをニコニコと眼鏡を直しながら見ていたフランクは、リュウ・シエンの申し出を了承した。
いつもならばとても美味しい晩餐が、マリーにとっては味もなにも分からないものになってしまったのか、どうにも食が進まない。
リュウ・シエンが食べないのに、自分だけ食べることが何故かとても恥ずかしいのだ。
そんなマリーを、フランクと会話するリュウ・シエンの隣でリー・イーヌオはじっと見つめていたのである。
「我が主人、せっかくですから今から夜の散歩などいかがでしょう? お庭などマリーお嬢様にご案内いただいては?」
食後にリー・イーヌオが、糸のように細い目をより細めてから本心の見えないキツネの面のような笑顔でそう提案した。
「それはいい。マリー、庭の温室を案内してはどうかな? 今とても綺麗に薔薇が咲いているだろう?」
フランクがリー・イーヌオの提案に大きく頷いて、マリーが思わずリュウ・シエンの方を見ると、リュウ・シエンはカボチャ頭を隣のリー・イーヌオの方へと向けて何か言っているようだ。
「私は構いませんけれど、リュウ・シエン様は何かご都合が宜しくないのですか?」
マリーはリュウ・シエンがリー・イーヌオに何事かを囁いているのがどうしてか気に入らなかった。
だからつい可愛げのない言い方をしてしまう。
「いや、それではマリーよろしく頼む」
リュウ・シエンがそう答えるのを聞いて、マリーはホッと息を吐いた。
あのように可愛げのない言い方をしてしまったせいで、気を悪くしてしまったのではないかと、本心では気にしたのだろう。
恋とはとても厄介なもので、意識してない時には何でもないことも、一度恋心を自覚してしまうことで過剰に反応してしまうということをマリーは知った。
マリーとリュウ・シエンは二人で食堂を出て、庭にある温室へと向かった。
途中の外廊下では、外気が思いの外冷たくてイブニングドレスだけのマリーは少しだけ肩を震わせた。
「寒いのか?」
リュウ・シエンがそう問えば、マリーは思わずビクリと肩を揺らしてなるべく平常を装って答えた。
「大丈夫です。すぐそこの温室内は温かいですから」
「そうか」
あと二ヶ月もすればハロウィンの夜が来る。
この国は気温が低いので、八月の今でも夜は少しばかりドレスだけでは冷える。
マリーは温室はすぐ傍だからと羽織りものを取りに戻らなかったことを少々後悔しているようだ。
「こちらが温室です」
ガラス張りの大きな温室の中は確かに温かい。
マリーはリュウ・シエンに聞こえない様に小さく息を吐いた。
温室内には亡き母親の趣味であったたくさんの種類の薔薇の花が咲き乱れ、他にもマリーの趣味である薬草なども植えられていた。
「見事な薔薇だな。これは誰の趣味なんだ?」
「これは儚くなった母の好んでいた薔薇たちです。今では私と兄で育てていますけれど」
「フランク殿から聞いた。馬車の事故で両親が共に……」
リュウ・シエンは途中で言葉を切った。
マリーが悲しむからと考えたのか、それとも他に思うところがあったのかは分からない。
「お兄様ったら、お客様にそんなことまで話してたのね。もう五年も前の話ですから。気持ちの整理はついています」
「そうか」
マリーはそっと近くの薔薇へと目線を落とした。
リュウ・シエンもその隣で同じように薔薇を見ているようで、実は他のことを考えているのかも知れない。
「ほら、リュウ・シエン様。こちらは私の植えた薬草たちなんですよ」
暗い空気になってしまったのをなんとかしようと、マリーは明るい声で話しかけた。
「ほう。これは何に使う薬草だ?」
「これは虫除けです。そしてこちらはお腹の痛みを取る薬が作れます。他には……」
次々と説明しながら温室内を進むマリーに、リュウ・シエンは大人しくついて回りながら薬草について学んでいった。
「リュウ・シエン様は私の話に耳を傾けてくださるから、ついたくさんお話してしまいます」
ポツリとマリーは本音を漏らした。
夜空の星とガラス張りの温室の中の薔薇の花々が、マリーを少しだけ素直にしたのかも知れない。
「俺は、マリーの話すことが自分にとっても興味深いから耳を傾けているだけだ」
素っ気ない声音ではあったが、マリーは嬉しくなって思わず笑みを浮かべた。
「ふふっ……なかなかそのような同志は今まで居なかったものですから」
リュウ・シエンはカボチャ頭をマリーの方へ向けているが、その表情は窺えない。
しかし二人の間には穏やかな空気が流れていた。
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