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6. 期間限定の契約恋愛

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 もっともな返事をマリーがすると、リュウ・シエンはフランクの方へと向き直る。
 フランクはビクリと身体を震わせて、肩まで伸びた赤い髪の隙間から恐る恐るカボチャの方を見た。

「伯爵、残念だが妹君は此度の大きな事業に協力する気はないらしい。……心苦しいが、約束の件は無かったことに……」
「ええっ⁉︎    そんな……、困ります! それに、貴方だって……!」
「伯爵! それは妹君次第だろうな……」

 そもそも商談の相手をカボチャにしてしまった時点で無かったことにされてもおかしくはなかったのだが、そこについてはこのリュウ・シエンという者は何故か寛大だったようだ。

「マリー……。兄を助けてくれ……」

 フランクが眼鏡をずらしたままでマリーを振り返り、また紫色の瞳を潤ませながら涙目で懇願する。
 本当にこの兄はマリーの弱いところを突いてくるのだ。

 自分と同じ色味の家族がこのような表情をしていたら放っておけないのだから。
 
「……分かりました。では、期間限定の恋愛ということでよろしいですね?」
「契約恋愛?」
「リュウ・シエン様のカボチャの呪いを解くために、お互いがお互いを愛するように努力する。そして呪いを解く。呪いが解けたら、お互い自由となりお兄様との大切な商談は成立する……と」
「……なるほど、その契約恋愛に乗ろう」

 かくしてマリーとリュウ・シエンの二人は契約によって、お互いを愛する努力をすることとなった。

「では、早速だがちょっと変わった趣味とやらを教えてもらおう。伯爵からは『魔女になりたがっている』としか聞いていないのでな」
 
 早速雰囲気作りのためか名前呼びを始めたリュウ・シエンは、マリーの趣味を知りたいと言う。
 マリーはこの時ばかりはジロリとフランクを睨みつけた。
 フランクは驚いてビクリと身体を揺らし、また眼鏡をずり落とすのであった。
 
「お兄様ったら、何を勝手にお話してるのかしら……。いいですよ。それでは私の趣味をご披露します。では、私の部屋へどうぞおいでください」

 そう言ってマリーは立ち上がり、リュウ・シエンに向かって挑戦的な笑みを浮かべた。
  
 マリーの趣味は独特で、大概の人は敬遠してしまうようなことである。
 このカボチャ頭の癖に妙に澄ましたリュウ・シエンだって、部屋を見れば驚いて腰を抜かしてしまうかも知れないと思うと、マリーは少し楽しみなのであった。
 
 愛される努力、とは反対の結果になってしまうかも知れないが、それでもリュウ・シエンの方から言い出したのだから仕方ないとマリーは無理矢理結論付けた。

 サロンを出てリュウ・シエンを自室へと案内するマリーは、こっそりとカボチャ以外の部分を観察することにした。

 首から下は人間の身体をしていて背は高くスラリとした体型だが、男らしく適度な筋肉はついているようだ。

 身につけた服は左肩のあたりに花のような刺繍が入っている立襟付きの衣装で、チュニックのように長めの丈にゆるりとしたパンツを合わせている。

 マリーが初めて見る、結び目のついたボタンのような飾りが特徴的だった。

「リュウ・シエン様はいつからこの国に?」
「……もう一年になるか。出来るだけ多くの商談をまとめてから本国に帰ろうと思いながら、何だかんだと長く滞在しているな」
「……年はおいくつなんですか?」

 カボチャ頭のせいで、年齢が想像できないのだ。
 声はそこまで年老いた感じはしないし、体つきもまだ若そうではあったが、マリーはこの際聞いておくことにしたようだ。

「俺は二十一だ」
「に、二十一ですか?」
「なんだ、そうは見えないのか?」

 商会の会長と言う割には想像したよりも歳が若く、思わず聞き返してしまったマリーに、リュウ・シエンはカボチャの顔を向けて不満げに言い返した。

「……いや、カボチャですし……」
「……そうだったな」

 どこか落ち込んだ様子のリュウ・シエンに、狼狽したマリーは励ますように声をかけた。

「ま、まあ呪いさえ解ければ良いのですから! それに契約がある限り、私はカボチャ頭の貴方を愛するように最大限努力しますし、あまり気になさらなくてもよろしいのでは!」

 次々と絞り出したマリーの励ましの言葉はあまりリュウ・シエンには嬉しく無かったのか、すっかり黙り込んでしまった。

「こ、ここです! 私の部屋は。このまだ奥に特別な趣味の為の部屋を作っているんです。どうぞ!」

 気まずい雰囲気の中をタイミング良く自室に到着したので、マリーはホッと息を吐いた。

 ガチャリと回したドアノブの音がやけに大きく聞こえて、白い扉を開けたらマリーにとっては見慣れた自室が広がっていた。

 ワインレッドを基調としたダマスク柄の壁紙に、柔らかな曲線を描くモノトーンの猫足の家具たち。
 黒のシャンデリアは特注品で部屋のダークなイメージを強調していた。
 
 室内にある物は全てダークカラーで統一されており、可憐な令嬢らしいピンクなどの色彩は一切なかった。

「なかなか独特な雰囲気の部屋だな」
「まあ、私は令嬢らしからぬ令嬢ですから」

 二人は部屋の奥へと進み、重厚な彫りの美しさが際立つ黒い扉の前へと立った。

「ここが私の趣味の部屋です。きっと兄が呪いのかかったリュウ・シエン様をこの屋敷へお呼びした理由でもあると思いますわ」




 
 
 


 
 

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