24 / 53
24. 告白
しおりを挟む産土神と話したあの夜から、店先に立つ美桜は一層美しさを増した。
かつて幽霊だ、骸骨だなどと呼ばれていた面影は一切なくなり、真っ白な肌はそのままに、雪景色に散る椿の花弁のような色味の頬と唇は多くの客の視線を集めるようになった。
はじめは人間の美桜を訝しんでいた一部の客達も、真面目に仕事に取り組む姿と遠夜と仲睦まじい様子を見ては納得するしか無かったのである。
「いらっしゃいませ! あ、唐獅子さん! こんな時間に来るなんて珍しいですね」
いつもは朝早くに訪れる唐獅子が珍しく昼間に顔を見せたので、美桜は驚き首を傾げたが、すぐに笑顔になって空いている席へと案内した。
「今日は何になさいますか? 太三郎狸さん」
そう美桜に呼ばれて、座敷に座った唐獅子の雄はニヤリと笑い、その身体はぶわりと濃い霧に包まれる。
「こりゃこりゃ、よう分かったなぁ! ワシの変化も長生きしたせいでとうとう衰えたかな」
唐獅子の居た所に現れた恰幅の良い老人は、目の周りが影のようにほんのり黒っぽく、禿頭を撫で付けながら笑った。
「だって唐獅子さんはとても夫婦仲が良く、いつもお二人で来られますから。旦那さん一人だけで来られるなんて、有り得ませんもの」
「そうかぁ! こりゃあ化ける相手を選び違えたな! がははは! 今度は違う奴にするとしよう」
美桜は人懐っこい笑みを浮かべる太三郎狸を前にして、穏やかな微笑みを浮かべて頷く。
常連客の名前や顔はほとんど覚えてしまった美桜は、日本三名狸と呼ばれる太三郎狸の、日本一の妙技と言われた変化を見破ったのだ。
「ふふふ……おととさんから太三郎狸さんの話を随分と聞かされていますから。『とにかく少しでも違和感を感じたら、太三郎狸さんが化けていると思えよ』と」
「かぁーっ! 弥兵衛め、以前ワシに化かされたのが余程堪えたのか。そんな事までお前さんに話していたとはなぁ! がはは!」
禿頭を撫でながら笑う太三郎狸は「山かけうどんと山菜、それと芋の天ぷらを一つずつ」と美桜に注文して、隣の席のあやかしと楽しげに話し始める。
「遠夜さん、山かけうどん一つお願いします」
「はい」
遠夜に注文を告げてから客席をぐるりと見渡し、太三郎狸以外の全員にうどんが渡っているのを確認した美桜は、自ら天ぷらを揚げ始めた。
最近はその時その時の状況に合わせ、二人して厨房と接客をこなし、以前よりも上手くやりくり出来るようになっている。
客達の協力があったとはいえ、元は遠夜一人でやっていたのだから、それに比べたら今は随分と円滑に店を回す事が出来ていた。
「太三郎狸さん、今日は唐獅子さんの旦那さんに化けて来られたんです」
「え、本当ですか?」
「はい。とても朗らかで、面白い方ですよね」
ぐらぐらと湯が沸く釜の中でうどんを湯掻く遠夜のすぐ近くに立ち、頼まれた天ぷらを揚げている美桜は楽しそうだ。
「確かに。けれど……私は太三郎狸が羨ましいです」
「え? どうしてですか?」
「私なんかはそういった特技もありませんし、あやかし達のように、美桜さんを楽しませるような気の利いた言葉も言えませんから」
牛の頭蓋骨で隠された遠夜の表情は分からない。けれども美桜は、その面の下で遠夜がほんの少しいじけたような表情をしているのでは無いかと考えた。
そうであって欲しいという美桜の願いも込められていたのかも知れない。
「遠夜さんには美味しいうどんを作る腕と、他人を慮る優しさがあるではありませんか」
美桜の目の前ではパラパラという軽い音を立てて、油の中に放り込まれた天ぷらが揚がっていく。山菜の天ぷらはもう取り上げた。芋の方も、後少しで揚がるだろう。
「私は……遠夜さんの優しさや、うどんに対する熱意、それにあやかしや物怪を家族として大切に思う心持ちを尊敬しております」
「美桜さん……」
湯の中で、遠夜と美桜が打ったうどんがあちこちに向かって踊っている。
一瞬賑やかな客席の声が遠のいて、厨房は湯が沸く音と天ぷらを揚げる音以外、シンとした静かさに包まれた。
「お願いです。遠夜さん、どうか卑屈にならないで。私は遠夜さんの事を……心からお慕いしているのです」
そう大きくは無い美桜の声だったが、確かに遠夜の耳には届いたと思う。
その証拠に遠夜は右手の箸を取り落とし、左手に持った『うどんてぼ』を土間に転がしたからだ。
「な……な……なんで……」
首元や耳をみるみるうちに真っ赤に染め上げた遠夜は、二、三歩後ずさって美桜から距離を置く。
その際何につまづいたのかは分からないが、ふらっとよろける動作が見えたので、美桜は「あっ」と声を上げた。
「大丈夫ですか⁉︎」
「はい……大丈夫……です」
素早く駆け寄った美桜の手を取る事はせずに、遠夜はしばらくの間硬直していたが、そのうち土間に落ちた箸とうどんてぼを拾い上げて洗い始めたのだった。
「遠夜さん」
「私は大丈夫です。あ、美桜さん、天ぷらが焦げていますよ」
「えっ! あ! 大変!」
遠夜の様子から目が離せなくなっていた美桜が天ぷらに視線を戻すと、油の中に浮かんでいた芋の天ぷらは炭のように真っ黒になっていて、美桜はまた揚げ直す羽目になった。
遠夜はその後閉店まで心ここに在らずといった時間を過ごす事になるのだが、美桜はどうする事も出来ずにただいつも通りに仕事をこなすしかなかったのである。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~
硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚
多くの人々があやかしの血を引く現代。
猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。
けれどある日、雅に縁談が舞い込む。
お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。
絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが……
「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」
妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。
しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。
百合系サキュバス達に一目惚れされた
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる