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24. 告白

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 産土神と話したあの夜から、店先に立つ美桜は一層美しさを増した。
 
 かつて幽霊だ、骸骨だなどと呼ばれていた面影は一切なくなり、真っ白な肌はそのままに、雪景色に散る椿の花弁のような色味の頬と唇は多くの客の視線を集めるようになった。

 はじめは人間の美桜を訝しんでいた一部の客達も、真面目に仕事に取り組む姿と遠夜と仲睦まじい様子を見ては納得するしか無かったのである。

「いらっしゃいませ! あ、唐獅子さん! こんな時間に来るなんて珍しいですね」

 いつもは朝早くに訪れる唐獅子が珍しく昼間に顔を見せたので、美桜は驚き首を傾げたが、すぐに笑顔になって空いている席へと案内した。

「今日は何になさいますか? さん」

 そう美桜に呼ばれて、座敷に座った唐獅子の雄はニヤリと笑い、その身体はぶわりと濃い霧に包まれる。

「こりゃこりゃ、よう分かったなぁ! ワシの変化も長生きしたせいでとうとう衰えたかな」

 唐獅子の居た所に現れた恰幅の良い老人は、目の周りが影のようにほんのり黒っぽく、禿頭を撫で付けながら笑った。

「だって唐獅子さんはとても夫婦仲が良く、いつもお二人で来られますから。旦那さん一人だけで来られるなんて、有り得ませんもの」
「そうかぁ! こりゃあ化ける相手を選び違えたな! がははは! 今度は違う奴にするとしよう」
 
 美桜は人懐っこい笑みを浮かべる太三郎狸を前にして、穏やかな微笑みを浮かべて頷く。
 常連客の名前や顔はほとんど覚えてしまった美桜は、日本三名狸と呼ばれる太三郎狸の、日本一の妙技と言われた変化を見破ったのだ。

「ふふふ……おととさんから太三郎狸さんの話を随分と聞かされていますから。『とにかく少しでも違和感を感じたら、太三郎狸さんが化けていると思えよ』と」
「かぁーっ! 弥兵衛め、以前ワシに化かされたのが余程堪えたのか。そんな事までお前さんに話していたとはなぁ! がはは!」

 禿頭を撫でながら笑う太三郎狸は「山かけうどんと山菜、それと芋の天ぷらを一つずつ」と美桜に注文して、隣の席のあやかしと楽しげに話し始める。

「遠夜さん、山かけうどん一つお願いします」
「はい」

 遠夜に注文を告げてから客席をぐるりと見渡し、太三郎狸以外の全員にうどんが渡っているのを確認した美桜は、自ら天ぷらを揚げ始めた。
 
 最近はその時その時の状況に合わせ、二人して厨房と接客をこなし、以前よりも上手くやりくり出来るようになっている。
 客達の協力があったとはいえ、元は遠夜一人でやっていたのだから、それに比べたら今は随分と円滑に店を回す事が出来ていた。

「太三郎狸さん、今日は唐獅子さんの旦那さんに化けて来られたんです」
「え、本当ですか?」
「はい。とても朗らかで、面白い方ですよね」

 ぐらぐらと湯が沸く釜の中でうどんを湯掻く遠夜のすぐ近くに立ち、頼まれた天ぷらを揚げている美桜は楽しそうだ。

「確かに。けれど……私は太三郎狸が羨ましいです」
「え? どうしてですか?」
「私なんかはそういった特技もありませんし、あやかし達のように、美桜さんを楽しませるような気の利いた言葉も言えませんから」

 牛の頭蓋骨で隠された遠夜の表情は分からない。けれども美桜は、その面の下で遠夜がほんの少しいじけたような表情をしているのでは無いかと考えた。
 そうであって欲しいという美桜の願いも込められていたのかも知れない。

「遠夜さんには美味しいうどんを作る腕と、他人を慮る優しさがあるではありませんか」

 美桜の目の前ではパラパラという軽い音を立てて、油の中に放り込まれた天ぷらが揚がっていく。山菜の天ぷらはもう取り上げた。芋の方も、後少しで揚がるだろう。

「私は……遠夜さんの優しさや、うどんに対する熱意、それにあやかしや物怪を家族として大切に思う心持ちを尊敬しております」
「美桜さん……」

 湯の中で、遠夜と美桜が打ったうどんがあちこちに向かって踊っている。
 一瞬賑やかな客席の声が遠のいて、厨房は湯が沸く音と天ぷらを揚げる音以外、シンとした静かさに包まれた。

「お願いです。遠夜さん、どうか卑屈にならないで。私は遠夜さんの事を……心からお慕いしているのです」

 そう大きくは無い美桜の声だったが、確かに遠夜の耳には届いたと思う。
 その証拠に遠夜は右手の箸を取り落とし、左手に持った『うどんてぼ』を土間に転がしたからだ。

「な……な……なんで……」

 首元や耳をみるみるうちに真っ赤に染め上げた遠夜は、二、三歩後ずさって美桜から距離を置く。
 その際何につまづいたのかは分からないが、ふらっとよろける動作が見えたので、美桜は「あっ」と声を上げた。

「大丈夫ですか⁉︎」
「はい……大丈夫……です」

 素早く駆け寄った美桜の手を取る事はせずに、遠夜はしばらくの間硬直していたが、そのうち土間に落ちた箸とうどんてぼを拾い上げて洗い始めたのだった。

「遠夜さん」
「私は大丈夫です。あ、美桜さん、天ぷらが焦げていますよ」
「えっ! あ! 大変!」

 遠夜の様子から目が離せなくなっていた美桜が天ぷらに視線を戻すと、油の中に浮かんでいた芋の天ぷらは炭のように真っ黒になっていて、美桜はまた揚げ直す羽目になった。

 遠夜はその後閉店まで心ここに在らずといった時間を過ごす事になるのだが、美桜はどうする事も出来ずにただいつも通りに仕事をこなすしかなかったのである。

 
 
 
 

 
 
 
  

 
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