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22. 美桜の変化
しおりを挟む「おーい! 娘っ子! オイラ達にしっぽく七つ!」
「はい! 遠夜さん、しっぽくうどん七つお願いします」
もうすぐ日が沈むという頃になっても、麺処あやかし屋は異形のあやかしや物怪達で賑わっている。
昼以降、美桜の掛け声はいつもにも増して明るく、店内の賑やかさに負けていなかった。
「しっぽくうどんです。重いですから二つずつ運んでください。熱いから気をつけて、お願いします」
たった一人の厨房で懸命にうどんを作りながらも自分の事を気遣う遠夜に、美桜は誰もがハッとするような愛らしい笑顔で応える。
「はい。ありがとうございます」
一番人気の山かけうどんと同じくらい寒い時期に売れるのは、大根や人参、油揚げや豆腐に椎茸、そして里芋かクワイを出汁で煮込み、それを温かいうどんに乗せたしっぽくうどんと言うもの。
熱々のうどんの上にしっかりと煮込んだ根菜が乗っかったしっぽくうどんは、なかなか冷める事はなく丼までが熱くなっている。
「これこれ! 寒い時にはやっぱりしっぽくだ」
「お熱いですから、火傷しないように気をつけてくださいね」
蓑笠姿の童子七人組の客に向かって、七つ目のうどんを運び終えた美桜が声を掛けると、仏頂面をした一人の童子が答えた。
「娘っ子と違って、オイラ達は七人童子ってあやかしだよ。あやかしが火傷なんかしないさ」
「そうでしたか。余計な事を言ってしまって、ごめんなさい」
「べ、別に!」
以前なら、こんなやり取りでも美桜はいちいち落ち込んでいた。ちょっとした自分の失言や失敗が堪らなく嫌で、自分に自信が無くなってしまうのだ。
けれども今の美桜は以前と違う。七人の童子に向かって柔らかに笑いかけたのだった。
「ゆっくり、美味しく召し上がってくださいね」
気さくな童子も居れば気難しい童子も居る。七人童子というあやかしは、その全員が看板娘美桜の優しい微笑みに釘付けになった。
「おい美桜、近頃は前に比べてふっくらとしたと思ったが、えらく機嫌も良いじゃないか。何か良い事でもあったのか?」
「あら? 山の主様と猪さん達。いつの間にいらっしゃったのですか?」
ひしめく客の間を縫うようにして進む美桜に声を掛けて来たのは、顔と身体に赤色の染料で独特の模様を描き、猪の毛皮らしい物を腰回りに纏った男達……山の主とお付きの猪達である。
「つい先程。それにしても今日は特に繁盛しているな。席はあるか?」
「ええ、奥の座敷へどうぞ」
混雑する店内でも目立つ逞しい体つきをした三人は美桜がてきぱきと先導し、奥の座敷へと案内した。
遠夜の考えで座敷の一番奥だけは、産土神や山の主など一部の古い常連客の為に常に空けてあるのだ。
「それにしても美桜よ、久しぶりに店を訪れてみれば、見違えたぞ」
どこか意地悪げにニヤリと笑った山の主は席についても注文を口にせず、美桜に向かって軽口を叩く。
「近頃はお薬のお陰で体調が良くて。お店の仕事にも慣れて来ましたから」
「いや、違うな。何か大きな心境の変化でもあったか? 例えば……やっと牛鬼の倅への気持ちを認めた、とか」
流石はだてに長生きをしていない山の主。美桜がつい先程自覚した恋心に、ずうっと前から気付いていたようだ。
質問には答えず、美桜は不思議な輝きを持つ山の主の瞳をじっと見つめてから、大輪の花が咲き誇るような笑顔を浮かべて頷いた。
「お前達はきっと良い夫婦になるだろう。近いうちに来るであろうその時には、我ら一族をあげて二人を祝福するぞ」
山の主の随分と気が早い言葉には、気の持ちようが変わった美桜も、流石に頬をかあーっと真っ赤に染めてしまう。
「め、夫婦だなんて……っ、私が勝手に想っているだけで……遠夜さんの気持ちは分かりませんから!」
「この期に及んで何を。牛鬼の倅の気持ちだと? 美桜よ、本気で言っているのか?」
「山の主様も猪さん達も、いつものしっぽくうどんで良いですか? 良いですね? では、すぐに支度して参ります!」
産土神に次いで美桜が親しくしている山の主だ。恥ずかしくて堪らなくなってしまった美桜は、三人の答えも聞かずに厨房の方へと早足で去って行く。
「くくくく……っ! 可愛い奴。牛鬼の倅には勿体無い。我が連れ帰りたいくらいだ」
山の主は口元に拳を当て、さも面白いというように漏れ出る笑いを堪えようとしているが、お付き二人は怒りに目を三角にして訴える。
「主様! 過ぎた戯れはいけません!」
「だめですよ、主様! 牛鬼の倅だけでなく、産土神様にも怒られます!」
一族の中でも山の主の次に歳を重ねている二人だが、それでも主より数十年は年下だった。
山の主はお付き二人の怒り顔に尚更可笑しくなったのか、今度こそ大きく声に出して笑っている。
「ははは! 確かにそれは困るな! 見守るだけで連れ帰るのはやめておくとしよう」
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