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16. あやかしと物怪と人間と

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 麺処あやかし屋に来る客は、どんなあやかしも物怪も人に近い形に化けてから暖簾をくぐると決まっている。
 それでもまだ異形には変わりなく、美桜はどうしたって客が来る度に身体を固くして緊張をしていたが、どうやらそれは客の方とて同じようだ。

 訪れた客は人間の女が店先に立っているのを知って、皆一様に驚きを隠さなかった。
 ここは元々あやかしと物怪しか訪れないうどん屋で、そもそもこんな山奥に人間が迷い込んで来る事も滅多に無いからだ。

 しかし遠夜が家族と言うだけあって、ほとんどの客は美桜の存在に戸惑いつつも受け入れる努力をしているようだった。
 中には産土神達が既に事情を話している者や、美桜がここに居るのを知っていて見物がてら訪れた者も少なからずいる。
 
 何にせよ美桜はそれが嬉しくて、自分も彼らに出来る限り歩み寄ろうと、笑顔を絶やす事なく接客する。

「それにしても、お前さんは優しい女子だなぁ。人間にしておくのが勿体無い」

 そう口にしたのはカボソというあやかしで、黒々とした髭と髪を生やした老人の姿をしている。
 このカボソというあやかしの正体は九十年も生きているカワウソらしく、鼻や口元はカワウソの姿が残っていた。
 
「おい、カボソよ。やめとけやめとけ、これから美桜さんはこの店の看板娘だ。手を出せば美桜さんを連れて来た産土神や山の主の怒りを買うぞ」
「そうだそうだ。カワウソのじいさん、その手は大人しく引っ込めとくのが身の為だぞ」

 縁台にうどんを運んだ美桜の手を掴んで離さないカボソに困っていると、周囲のあやかし達が口々に助け舟を出してくれる。
 客商売が初めてでこういった事に慣れていない美桜は、ただ困った顔で苦笑いを浮かべるだけで、どうする事も出来なかったので助かった。

「う……、美桜さんはあの方達が連れて来たというのか。それなら仕方ない、諦めよう。ああ、口惜しや」

 よよよ……という風に大袈裟な泣き真似をして見せるカボソに、どっと笑いが起こる。
 カボソも本気で美桜をどうこうしようとしていた訳では無く、ただ戯れに揶揄っただけのようだ。

 あやかしや物怪というのは、得てして人を揶揄うのが好きらしい。美桜だって、今日だけで何度もこの店を訪れた客達に色々な形で揶揄われた。悪戯だってされた。
 けれどもはじめは肩に力が入り過ぎてぎこちなかった美桜の接客も、そのお陰で少しは力が抜けたように思える。

 これもまた、ここに逗留するうちあやかしや物怪達と仲良くなったという弥兵衛の娘への、彼らなりの助力なのかも知れない。

「はい、山かけうどんです。お待たせいたしました」

 この店の売れ筋だという山かけうどんは茹で上げたうどんに醤油の効いた出汁、すり下ろしたヤマノイモに鶏卵と胡麻、ネギを乗せたもので、産土神や山の主も好物らしい。

「おお、これこれ! これが食べたくてわざわざ遠方から来たのさ」

 聞くところによると、あやかしや物怪が人間の真似事をして店を開く事はしばしばあるという。
 
 昔に比べると人間の数というのは、地域によってあやかし達よりも多くなってきているという。だからどうしたって人間の営む日々の生活というのは、あやかし達にとっても身近なものになりつつあった。
 そこで人間の口にする物を食べてみたいと思うあやかし達も、案外多いのだそうだ。

「今ではめっきり姿が見えなくなってしまったあやかしも多いからなぁ。人間がこんだけ増えたら、我々あやかしも住む場所に困ってしまう」
「近頃は異国から来た、訳の分からない奴らもいるしな」
「本当、昔とは変わってしまったなぁ」

 店で愚痴をこぼすあやかし達の事情を目の当たりにして、美桜は自分が知らなかった世界というのがまだまだ世の中にはあるのだと知る。

「美桜さん、弥兵衛さんに持って行ってあげてください。それと、貴女もどうぞ」
「ありがとうございます」

 昼時を過ぎ客がまばらになった頃、遠夜に丼二つ分のうどんが乗った盆を渡された美桜は、重たい盆を傾けないよう慎重に母屋の方へと戻る。
 遠夜はいつも厨房で食事を済ませるらしく、店が開いているうちは母屋に戻らないと言っていた。

「おととさん、うどんを持って来たわ」

 慣れない立ち仕事と接客で美桜は少々疲れていた。器用に片腕で寝床から起き上がった弥兵衛の姿を見た途端に緊張の糸がプッツリと途切れ、ぶわりと涙が溢れてしまう。

「どうしたんだ⁉︎ 美桜、何か辛い事でもあったのか?」
「ううん、違う。元気なおととさんの姿を見たら、何だか安心して」
「そうか? お前も慣れない仕事で疲れただろう? うどんが伸びねぇうちに、一緒に食っちまおう」

 昔からうどんに目が無かった弥兵衛は、箱膳に乗せられたうどんを器用に片手だけ使って啜った。ゆっくり啜らないと咽せるからと、前のように一気に口に入れる事は出来ない。
 一本一本、慎重に噛み締めるようにしてうどんを食べながらも、弥兵衛はとても嬉しそうだ。
 
 そんな弥兵衛の以前とは違う姿を見つつ、美桜は心底中風を患った父親が生きていてくれて有難いと思うのだった。
 それと同時にこれまで弥兵衛の世話をしてくれたあやかし達に対し、再び胸が熱くなる思いがしたのである。

 
 
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