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12. 美桜の決意

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 美桜は弥兵衛にこれまでの事を全て話し、弥兵衛も自分の身に起こった事を説明した。
 
 二人が話せるだけ話し終えた頃にはすっかり辺りが暗くなり、美桜は弥兵衛に言われ室内に置かれた行灯に明かりを灯す。

「いつもは不自由なおらの為に、誰かが交代で行灯に火を灯しに来てくれる。本当に、多くの方に世話になったんだ」

 突然この店に迷い込み、勝手に倒れて五体不満足になった自分の世話をしてくれたあやかしや物怪達に、弥兵衛は心からの敬意を払っている。
 それは美桜も同じで、これからどうやって恩返しをしたら良いかと二人で考えていたところだった。

「おととさん、ここはあの方お一人で商いをなさっているの?」
「あの方? ああ、遠夜さんかい? そうだよ、あの人はこの辺りを荒らしていた牛鬼の倅で、天涯孤独になった赤子の頃から、産土神様やあやかし達に育てられたらしい」
「赤子の頃に……」
「おらもあんまり詳しい事は知らねぇが、どうやら母親は人間らしいぞ。それで遠夜さんを産んですぐに死んじまったらしい。そしたら牛鬼も嫁さんの後を追って滝に飛び込んだとか」
「遠夜さんを置いて、二人とも逝ってしまったのね」
「あやかしの理屈はおら達とは違う。子を置いて死んじまうなんざ、おらには出来ねぇがな」

 自分と同じく赤子の頃に母を失った遠夜の境遇に、美桜は胸を痛めてしまう。それは弥兵衛も同じで、美桜を産んだ後に失った妻を思い出していた。
 
 きっとあの恐ろしい形をした牛の頭蓋骨でわざわざ顔を隠すのには、何か深い理由があるのだろうと美桜は思う。

「だとしても、大変な思いをされたのでしょうね。私にはおととさんやお姉さん達が居てくれたけれど、遠夜さんには……」
「それが、一概にそうでも無いらしいぞ。牛鬼は人間にとっては恐ろしく悪い奴だが、あやかしの友は多かったんだと」

 あやかしや物怪達の理屈というのは、当然の事ながら人間には分からない。
 
 牛鬼が妻を失った時、まだ赤子の遠夜をたった一人置き去りにして自らの命を絶ったのも、一体どのような考えだったのかは美桜にも弥兵衛にも想像がつかなかった。

「私……おととさんのお世話をしながら、お店の手伝いをしようと思うの。もちろん、遠夜さんが許してくれたら……だけれど」
「それはいい考えだ! おらの世話をしてくれるあやかし達が言うのには、うどん屋は随分繁盛しているのに遠夜さんはたった一人で店を切り盛りしていて、手伝おうにもあやかし達の手をぜぇんぶ断っちまうらしい」
「それじゃあ私も断られてしまうかしら」
「そりゃあ試してみなけりゃ分かんないだろう。おらの面倒を見てくれた恩返しだと言えば、遠夜さんだって無碍に断る事もしねぇだろうが……。お前は……いいのか?」

 弥兵衛は以前よりも少し痩せて見える美桜が心配になり、元から身体が弱い事もあって店の手伝いが務まるのかと問いかける。
 
 うどんを打つというのはなかなか体力のいる作業だし、たとえそれをしなくとも繁盛店の手伝いともなれば、病弱な美桜の身体に負担がかかるだろう。
 その上に半身が不自由な弥兵衛の世話もあるのだ。

「庄屋さんの所でも、私は百合姉さんや椿姉さんと違って叱られてばかりだったわ。それでも……何もしないよりはいいと思うの。下手間でも掃除でも何でも、出来る事をさせてもらうつもりよ」
「美桜……悪いなぁ、おらがこんなんになっちまったせいで」
「おととさんが無事に生きていてくれただけで私は嬉しいの。だってたった一人の親だもの。でも、それも全てここの人達のお陰だわ。だから恩返しをさせて貰いたい」
「そうだなぁ、おらも少しずつ良くなってるからな。ほら、見てみ。全く動かなかった手足も、近頃は動くようになって来てるんだ」

 そう言って弥兵衛は麻痺をしている左手、左足をゆっくりと動かして見せた。
 美桜は穏やかな笑みを浮かべ、弥兵衛を力付けるようにして頷く。
 
「また元気に動けるようになるわ」

 中風を患った弥兵衛の回復は確かに目を見張るものがあり、普通ならば死んでいてもおかしくは無い所をこのように元気でいられるのは、この店に集う神々のご利益のお陰かも知れない。

「そうしたら早速遠夜さんのとこへ行って来い。おらはもう大丈夫だ。もう少ししたら店を閉める時間だから、話す時間が出来るだろう」

 弥兵衛にそう言われた美桜はすぐに立ち上がると、出汁の香りと客の声を頼りに見慣れない母屋の廊下を進み、店のある方へと向かった。

 

 
 
 
 


 
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