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31. 社長へ説教する才谷くん
しおりを挟む俺の仕事ぶりはそれはそれはひどいものだった。
しまいに鈴木さんから体調不良を心配され、大丈夫だと言ったのに余程顔色が悪かったらしく、あれよあれよという間に早退させられた。
仕事に支障を来すほど精神的に混乱していた俺に、いつもの戯けた顔じゃ無く真面目な顔で「体調管理は社会人として一番大切な事だよ」などと言われては何も言えなくなった。
今日ばかりは謝って素直に帰る方が、余程皆の迷惑にならないかも知れない。
それと、青木さんは会社を休んでいて、俺は昨日彼女に対して八つ当たりのような感情を持って、散々心の中で悪態をついていた事に今更ながら罪悪感を感じた。
どうかしてた、青木さんが悪いわけじゃないのに。
たった一時間足らずで仕事を終えてアパートに戻って来た俺は、ジャケットを脱いでネクタイを緩めると、そのままソファーに傾れ込む。
まだ昼には時間がある。静が会社に帰る頃まで、諦めずに電話をかけてみよう。
そう思ってスマホを手にすると、ちょうど画面に社長の名前が表示された。
一体何の用だと苛立ちつつも、静の様子を少しでも知りたいという気持ちの方が大きくて、応答ボタンを押す。
「……はい」
「あ! 慎太郎!」
思わぬ声が聞こえて、俺は咄嗟にスマホを取り落とした。衝撃で切れていたらもう二度と繋がらないんじゃないかという恐怖に駆られたが、幸い拾ったスマホはまだ通話中のままだった。
「静⁉︎ 静か?」
「うん。彰人のスマホ借りてる。ごめんね、連絡つかなくて心配したよね」
「何度も電話かけた。繋がらないし、メッセージも未読だし」
「ごめん、スマホ壊れちゃって。今新しいのを買いにショップに来てるとこ。だから先に梶谷さんには帰ってもらったんだけど、僕は少し遅れるから」
そんな事があるものなのか?
昨日カズトヨとかいう奴におかしな事をされて、それで俺に連絡が出来なかったんじゃないのか。
けど、静の声はいつも通りに明るくて、特に後ろ暗いところは無さそうだ。
昨日の事は、俺にバレてないと思ってるのかも知れない。社長が俺にわざわざ伝えただなんて思ってもいないだろうから。
「静……、大丈夫か?」
「え、何が? あぁ、スマホはもうすぐに新しいのに替えられるから。予定より少し遅れるけど、午後にはそっちに着くよ」
「昨日……あの、カズトヨって……」
「えっ! あ、ちょ……ッ!」
慌てたような静の雰囲気から、やはり昨日の事は俺に知られてないと思っていたのだと悟る。
「やぁ、才谷くん?」
突然いつもの落ち着いた社長の声に変わって、遠くの方で何やら静が騒いでいるのが聞こえて来た。
「社長、何やってんですか」
「ちょっと目を離した隙に、静に僕のスマホを取られてね。ところで、沙織は会社にいるかい?」
そうか、俺が早退したのは知らないから……。
それにしても、そんな事を平気でよく俺に聞けるもんだな。
思いつつ、元来の性格だから仕方ないが俺は社長に向けて素直に答えてしまった。
「青木さんなら休みですよ」
「休み?」
「休みです。ちなみに、俺も誰かさんのお陰で体調が優れなくて、早退させてもらってます。青木さんも心労がたたって寝込んでるんじゃないですか」
「まさか……」
社長が青木さんの欠勤について動揺した事を、正直意外に思った。
流石に長年付き合っている恋人が、このタイミングで珍しく欠勤しているとなると心配になるのだろうか。
なんだか再びじわじわと苛立ちが湧き上がって来る。
「社長、青木さんの事ちゃんとしてあげてください。青木さんは社長の事を大切に思ってます。好きだから、ずっと待っててくれたんです。これからは静の事は、俺が必ず守ります。だから社長は青木さんの事を守ってあげてください。おばあさんも、社長の今の様子を見たらどう思うでしょうか?」
「……静から聞いたのかい?」
「はい、全て。その上で、俺は静の事を好きなんです。守ってやりたいと思うし、俺自身が、静が居ないとダメなんです。社長も、静の事を大切に思っているのは分かりますが、やり方が間違ってます。静を、社長のエゴで傷つけるのはやめて下さい」
少し、言い過ぎたかも知れない。
俺は二人の過去の関係性を全て知っているわけじゃないし、確かに過去の静には社長の存在が必要だったんだから。
「……すみません。静の事を助けてくれた事、俺と静を出会わせてくれた事に関しては心から感謝しています。でも、社長の執着は自分も苦しくしてるし、静も息苦しく感じています。青木さんだって……。誰も幸せになれないんです。変わりませんか? 変わったっていいじゃないですか。おばあさんの言葉は、決して社長を縛る為のものじゃ無かったはずです」
スマホの向こうで社長がちゃんと俺の言葉を聞いているかどうかは分からない。
返事もなく、音もしない。ただ独り言のように、俺は喋り続けた。
「静の事は俺が、社長は青木さんを。時が過ぎて、形が変わってもいいじゃないですか。人の気持ちはその時々によって変わるものです。その変化を、受け入れる勇気を持ってください。社長なら……俺や社員皆が尊敬する社長なら、出来ますよ」
それだけ言うと、あちらからプツッと通話が切られた。
俺は、それによってちゃんと社長に言葉が届いたのだと、何故かそう感じた。
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