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19. 胸が痛い才谷くんは我慢ができない
しおりを挟む「兄弟って言っても血の繋がりなんて無いよ。けど、彰人と僕は二人いっぺんに育ててもらった。『彰人も静も私の可愛い子どもだよ。兄弟だから仲良くして』っていうのが口癖の、彰人のおばあさんにね」
「社長のおばあさんですか?」
「うん。一昨年亡くなったんだけどね」
そう言って立ち上がった水川さんは、手近な引き出しから写真立てを取り出して俺の前に置く。
シンプルな木目の写真立ての中で、眦から何本も皺を伸ばしたおばあさんの前で、中学生くらいの二人の少年が笑っていた。
栗毛の少年はぎこちなく控えめな笑顔を見せ、黒髪の活発そうな少年はその隣で満面の笑みを浮かべている。今みたいに眼鏡は掛けていなかったが、社長なのだとすぐに分かるくらいには面影がある。
「これって水川さんと社長ですよね。子どもの頃から仲が良かったんですか」
「うん、中学からの同級生だよ。僕の住んでた家からすぐのところにあるアパートで、彰人とおばあちゃんは二人で住んでた」
てっきり高専からの同級生かと思っていたのに、どうやら違ったらしい。
わざわざ写真屋で撮ったようなきちんとした写真の中の三人は、親子というより祖母と孫達と言った雰囲気ではあったが、三人の周りを囲む暖かな空気感がこちらまで伝わってくるようだ。
「前にも話した通り、僕は中学時代から荒んだ毎日を送っていたんだ。養父には性的虐待以外に暴力も振るわれていて、それでも実の母親は養父に捨てられたくないばかりに知らん顔だし、何度も家出をした。どう? そんな僕の過去の話、聞きたい?」
尋ねておきながら、この人は俺が頷くと確信している。
俺の好意も、恋人になって欲しいという希望も散々スルーしておきながら、時々こうやって自分の柔らかな場所を曝け出してくる。
ずるい。この人はホントにずるい。結局、惚れたもん負けじゃないか。
「聞きたいです。水川さんの事なら、何でも知りたい。俺が水川さんを攻略するヒントが欲しいですから」
水川さんがどうして恋人を作らないのか、俺はこれからもずっとこの人との距離を詰めることができないのか。どうして人前では仮面を被っているかのように自分を偽っているのか。
本当の水川さんは、どんな人間なのか。
俺の事をどう思っているのか。
教えてくれるのはいつなんだろう。
「じゃあ、順番に話そうか」
そのあと、遠い過去を懐かしむように優しい表情で語る内容は、とてもじゃ無いけど俺にとって愉快なものでは無かった。
――養父からは毎日のように性的虐待を受け、抵抗すれば殴られていた。大人しくしておけば気まぐれに優しくされたんだ。
やがて何とかして自分の心を守ろうとした僕は、セックスが好きなんだと思い込もうとした。
養父からのいやらしい接触すら淫乱な自分は喜んでいるんだと、行為の最中にしつこくしつこく頭の中で言い聞かせた。
これはちょっと効果があったと思う。
でもやっぱり養父のいる家に帰りたくなくて、学校が終われば外で時間を潰すようになった。自分が居ると、母親が嫌な顔をするのも辛かった原因かも知れないね。今思えば、僕に養父を取られるとでも思っていたのかな。ホント馬鹿だよね。
その頃に日替わりで女を抱くようになって、同級生や年上にも手を出した。誰とでも寝るって噂になれば、不思議な事にあっちから寄って来るんだ。
でも途中からはなるべく経済力のある大学生や社会人を狙ってたかな。相手の家やホテルで過ごせば家に帰らなくて済むし。
同級生とかじゃそれも難しいでしょ。
それに、ほら社会人を相手にすれば小遣いも貰えたし、数日泊めてもらう事もあったよ。
だけどね、結局自分が養父に無理矢理された事を他人にするのはあまり好きになれなかった。
それに、母親似のそれなりに整った外見やご機嫌取りの態度に騙された女から、何とかして恋愛ごとに持ち込もうとされるのも煩わしく感じてね。
ちゃんと避妊してるのに、妊娠したと嘘を吐かれるのも面倒だったし――
「……そのうち、男に抱かれるようになったんだ。まるで娼婦みたいに振る舞ったりして、自分の価値を確かめてた」
そこまで話すと、水川さんは長いまつ毛を伏せたまま口元を緩める。自分の身体を掻き抱くようにして、過去に思いを馳せているようだ。
そのままスウッと消えてしまいそうなほどにその光景が儚く見えて、俺は慌てて立ち上がるとその身体に駆け寄った。驚いた顔でこちらを見た水川さんに構う事なく、そのまま強く抱きしめる。
こんな事、別にカッコつけてしようとしたわけじゃ無い。咄嗟にそうしなければならないような気がした。
「……どうしたの?」
俺の腹の辺りに顔があって、抱きすくめられた水川さんの吐息が当たる。唇の動きをシャツ越しに感じて、ドクンと心臓が跳ねた。
「分かりません。なんか、突然こうしたくなったんです」
色んな男に抱かれている間、水川さんは何を考えていたんだろう。
養父からの虐待の記憶を上塗りする為に、自分自身の身体を痛めつけて傷つける事で保っていた心は、今ではどんな状態なんだと問いたかった。
俺と一緒に居ることで、少しは水川さんの心に何らかの変化はあったんだろうかと、問いたいのに声が出ない。
「ちょっと、まだおばあちゃんの話も彰人の話も出来てないのに。僕の過去を聞くだけで悲しくなっちゃったの? 案外泣き虫なんだね、君は……」
この人に、俺の気持ちが全部そのまま伝わればいいのに。
細い首筋にそっと両手を沿わせると、水川さんは思い切り首を反らせ、不思議そうに俺の方を見上げてくる。シャープな頬を両手で挟むと、水川さんはほんの少し眉間に皺を寄せ口を開く。
「どうし……」
疑問の言葉は最後まで言わせない。逃げられないよう手に力を込め、続きの言葉を飲み込むようにして唇を重ねた。
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