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17. 別れ話のような展開が…
しおりを挟む「沙織、あまり大きな声を出さないで」
「それならちゃんと話をする時間を作ってよ! ずっと頼んでるのに断ってばかりじゃない!」
「悪いけど……僕にはもう、どうしようもない事だよ」
近付いていくうちに二人の会話がはっきりと耳に届く。
やがて、揉めている相手が以前甘えた声で水川さんに声を掛けていた同僚の青木さんだと知って胸がざわついた。そう、社内一可愛いと評判のあの青木さんだ。
それだけじゃない、水川さんが青木さんの下の名前を口にするのを初めて聞いて、二人がただの同僚という関係では無さそうだと気付く。
これは……世に言う別れ話のもつれにも聞こえるけど。
水川さんは恋人は作らない人だし。でもそれじゃあ青木さんとはどんな関係なんだ?
俺の単純な頭の作りでは、到底今の状況をうまく整理出来ない。混乱するばかりで、自分が次にどういった行動を取れば良いのかさえ分からないでいた。
それどころか二人へとあまりに近付き過ぎて、ため息を吐きながら青木さんに対応していた水川さんが俺の気配を感じ、後ろを振り向いてしまった。
俺と目があった途端、茶色味がかった瞳が大きく見開かれ、すぐ後に困ったように口の端に笑みを浮かべて見せた。
水川さん、この状況で何で笑ってるんだよ!
「才谷くん……」
「み、み、み、水川さん! 邪魔してすみません!」
何に対しての謝罪なのか分からないまま、混乱した俺はとにかくそう口にして、意味もなく両手を顔の前でフルフルと振り続けた。
その時、後ろに見えた青木さんは俺に気付くなり、憮然とした顔でこちらを睨み付けた。
会社ではいつも可愛らしい微笑みが浮かんでいた顔が、まさに般若のように怒り狂っていて、俺に向かって何かを言いたげに口を開く。
「才谷さん! ちょうど良かった! あなたも一緒に話を聞いてくれませんか⁉︎」
「悪いけど、それはまたいつかきっと来るかもしれない後日にしてくれるかな。じゃあ、才谷くん、行こうか」
いつかのあの日のように、水川さんは青木さんの誘いをスルーして俺に声を掛けた。
いや、あの日よりも二人の間のやり取りにはどこか親しさを感じたのは間違いじゃないだろう。
「ちょっと! 静! また逃げるの⁉︎」
「……逃げたりしないけど、今日は本当に大事な日なんだ。悪いけど、帰るよ」
「待ってよ! 静!」
「沙織、才谷くんに話があるんだ。だから本当に今日はダメだよ」
「静……」
それきり青木さんは追いかけて来なかった。水川さんの頑なな態度に、今日はとてもじゃないけど話せる様子ではないと悟ったのかも知れない。
「あの、良かったんですか? 青木さん、何か困っていたんじゃないですか?」
「君は僕とはじめてのお泊まりを過ごすよりも、青木さんの方が心配なの?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあもう青木さんの話は終わりにして。僕は楽しみにしてたんだよ? 才谷くんと今晩、それに土日もゆっくり二人で過ごすの」
「でも……」
そこでニッコリ笑いながら俺の好きな艶っぽい表情を見せる水川さんは、青木さんの事について俺が詮索するのを明らかに嫌がっていた。
俺はそれが分かっていながら、この人に嫌われるのが怖くて、今から過ごす週末を気まずくしたくなくてそこで口をつぐんだ。
こんなの臆病者だって思うけど、この人を前にすれば「嫌われたくない、好かれたい」ってガキっぽい思いが頻繁に頭をよぎる。
「さて、夕飯の材料と明日の食材くらいは買いに行こうかな。何食べたい?」
「え、水川さんが何か作ってくれるんですか?」
「そうだよ、たまにはいいでしょ。いつもデリバリーと外食ばっかりだし」
「嬉しいです。ありがとうございます」
今日の水川さんは何だか逆に怪しいくらい優しい。
本気で俺と泊まりで過ごす週末を楽しみにしてくれていたのか、それとも……。
「ふふっ、期待してて」
どこからどう見てもスーツ姿のサラリーマンなのに、そこらへんの女と比べたって負けないくらい妖艶な笑みを浮かべた水川さんは、お互いの手が触れるか触れないかくらいの絶妙な距離を保って歩く。
青木さんの事は気になるが、三日もあればどこかのタイミングで話を聞けるかも知れないし、今はとにかくこの滅多にないくらい機嫌が良い水川さんを曇らせるような事はしないでおく。
「酒も買って行きますか」
「君、弱いけど大丈夫?」
「今日は酔っぱらったってそのまま寝れますからね」
「そっか……そうだね。じゃあ今日はお酒がすすむ物にしようかな」
すっかり恋人気分でスーパーに向かう俺は、この週末の泊まりが水川さんにとって、どういう意味を持ったものなのかをこの時は知らないでいた。
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