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16. 二人の関係性
しおりを挟む終業時間が来るのが待ち遠しいのは、水川さんとそういう関係になってから毎日のことだった。
明日が休みという事も相まってか、皆がいつも以上にそわそわと落ち着かない様子で後片付けをするのを耳で、目で感じながら、自分も帰り支度をすすめた。
水川さんと過ごす時間は、もう俺の生活に馴染んでしまった。今のところは水川さんも俺以外と会ったりはしていないようだし(そういう暇を与えていないという言い方も出来る)。
「才谷くん、お疲れ様」
上司の梶谷さんが福々しい身体を揺らしながら片手を上げ俺に声を掛けてきた。知らず知らずのうちに口元に緩みが出ていたのを慌てて引き締める。
某パンマンに似た特徴的な丸顔は、週末に過ごす家族との予定を想像してか、見るからに浮き足立っていた。穏やかな梶谷さんの守る家庭は、さぞ温かくて幸せなんだろう。
「お疲れ様でした」
幸せな家族像を思い浮かべて、先程水川さんの事を考えていた時とは違った種類の笑みが漏れた。
「また来週ね。じゃあ、週末を楽しんで」
「はい、ありがとうございます」
梶谷さんは俺の返事を聞いて満足そうに笑うと、ゆさゆさと体を揺らしながらオフィスを後にした。
ぐるり見渡せば、いつの間にかオフィス内には俺と数名の社員だけになっている。
パソコンに向かってまだ残業をするつもりの社員と、帰っても予定が無いのか帰り支度をのんびりしている社員、そして俺の様子に合わせてゆっくりしている水川さん。
最後に水川さんの方をチラリと見た時、たまたま立ち上がったタイミングで目が合ってしまった。
「か、え、る、よ」
口パクでそう伝えてくる水川さんの表情から、感情は読み取れない。
俺と同じでこの週末を楽しみにしていてくれたのか、それとも……。
実は今日、水川さんの自宅に泊まる予定になっていた。
通勤時に愛用しているリュックには、仕事に必要な物に追加して着替え一式や歯ブラシ、その他諸々いわゆるお泊まりセットが入っている。いつもより丸々と膨らんだリュックを、社内の誰かに見咎められないかとハラハラしたのは無駄な心配だった。
まるで修学旅行前夜のように、ワクワクする気持ちを制御するのに苦労しながら準備した。
どれだけ俺は水川さんの事が好きなんだと、一人赤面したのも一度や二度じゃない。
泊まりの予定は数日前に水川さんの提案で決まった事だ。「今週の金曜日、僕の部屋に泊まってくれないかな」水川さんの方からそんな事を言うのは初めてのことで、どういうつもりだろうという疑問より先に、素直に湧き上がる喜びの方が勝っていた。
それまでは仕事終わりに逢瀬を重ねても、必ず日付が変わる頃には別れていた。はじめて水川さんと過ごした日も、起きたらラブホの部屋には俺一人残されていたし、そこは徹底しているらしい。
一度気になって理由を尋ねたら、「僕は寝相がかなり悪いらしくてね。彰人に注意されているから眠る時は一人で寝ると決めているんだ」と話していた。
隠すことも飾ることもできない無防備な寝顔を晒すという事が嫌なのかも知れない。
何度身体を重ねても、毎日一緒に過ごしても、未だ自分に心を開いてくれていないのだと実感するようで少し寂しく思っていた。
それが自ら泊まりの誘いをしてくるなんて、もしかしたら水川さんの心境に何らかの変化があったのかと期待する。
そして恐らくこれからの俺達の関係性は良い方向に向かうのだと、信じて疑っていなかった。
仕事終わりの俺と水川さんはお互い別々に会社を出て、近くの駅で落ち合うのが決まり事みたいになっている。
けれど時には堂々と二人で飲みでも行くそぶりで一緒に会社を出る事もある。いつも別行動というのも逆にどこかで鉢合わせた時に怪しまれるかも知れないという事でそうしているが、今のところ誰からも指摘された事は無かった。
だから今日も例によってちょっとした時間差を作ってから駅に向かおうと、俺は水川さんがオフィスを出て五分ほどしてから後を追う。
あれ? 水川さん?
ビルの出入り口から少し歩いて、駅方面へ向かう抜け道になっている寂れた路地に出てすぐ、先に出たはずの水川さんの後ろ姿を見つけた。
男にしては華奢な方だと思うその腕を、なお一層細い腕が掴んでいる。
「ねぇ、静! お願いだから!」
何となく聞いた事があるような気もする女の声だが、それよりも親しげに水川さんの名前を呼んでいる事に苛立ちを覚えて、冷静になって思い出す余裕がない。
そのうち水川さんのスーツに薄桃色のマニキュアが食い込んでいるように見えると、離れて様子を窺っていた俺は思わず拳を握り込んだ。
せっかく時間差でオフィスを出たのに。そんな事も忘れ、俺の足は真っ直ぐに高架下の狭い空間で何やら揉めている様子の二人に早足で近付いた。
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