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15. 社長と静と鈴木先輩と

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「静の事は大切だけど、それは君と同じ類の感情ではないよ」
「本当ですか? 俺にはそうは……」
「本当だよ。そりゃあ静の為になら徹底的に調査して安全な相手をあてがう事も、それでも万が一トラブルが起きた時にはきちんと処理する事も厭わないけれど。それでも僕の静に対する愛情のカテゴリは恋愛というものではないね」

 どこか恍惚とした表情で、俺の目線より少し斜め上あたりを見つめながらそう語る社長は、俺が今まで見てきた社長のイメージとはかけ離れていて。
 もしかしたら土屋社長も水川さんと同じで、厳重に偽りの仮面を被って生きているのかも知れないと思った。
 ただの仲の良い同級生とは思えない二人には、そうせざるを得ない何か理由があったのだろうか。
 普段は自分の素顔を偽って、その実ひどく歪んだ思考を持っている。

「才谷くん相手に何言ってんの。普通に気持ち悪いよ、彰人」

 俺も社長も気付かないうちに突然隣に現れたと思ったら、俺達二人をを見下ろしつつ思わずブルリと身震いするほどの冷たい声を放つ水川さん。
 驚いた俺は情けなくも金魚みたいに口をパクパクさせるだけで、上手く言葉を紡ぎ出せないでいた。

「やぁ静、いつの間に来てたの」

 しかしそこは流石の社長。
 いつも通りのスマートな笑顔を浮かべて水川さんに挨拶する。
 
「『静の事は大切だけど、それは君と同じ類の感情ではないよ』ってとこから近くにいたよ。二人とも全く周りが見えてなさそうだったから、おかしな事を会社で話されても困るしね」
「すみません……」

 そうだ、ここは会社で、いくら今は周囲に人気がないからって水川さんのプライベートな事をペラペラ話していい場所じゃない。

「すみません、水川さん」

 一度謝ったあとに、もう一度繰り返して謝罪の言葉を口にした。水川さんに冷たい視線を送られたり、抑揚のない声で話しかけられるとギクリとする。
 嫌われたくなかった。

「ごめんね、静。怒ってる? だって就業時間後は静が才谷くんを連れて行っちゃうし、プライベートでは彼を僕に会わせてくれないだろう。だからこういう時間しか取れなかったんだよ」
「だとしても、才谷くんだって彰人の変人具合に随分引いちゃってるよ。社員の手前、それじゃあカッコつかないでしょ。デキる社長の仮面、どこに置いてきたの?」
「いいじゃないか、才谷くんは静のパートナーだし。ということは、僕とだって一生の付き合いになるんだろう」
「だからそういうところが気持ち悪いんだよ、彰人。僕達の関係性なんてまだきちんと才谷くんには話して無いんだし、それがなければ単にすごく気持ち悪い友人に思われるだけだ。才谷くん、もう休憩は終わり? 僕はこのクソ気持ち悪い社長と社長室で大切な話があるから失礼するよ」

 水川さんはいつもの仮面笑顔のまま、けれど声色と話す内容はプライベートのそれで。
 
 社長は何故か楽しそうにして水川さんに連れられながら、廊下で会う社員達には笑顔を振り撒き「お疲れ様」などと言う二人は、社長室のある方向へとあっという間に去って行った。
 
 リフレッシュスペースのテーブルに残された俺は、気づけばとっくに午後の休憩時間を過ぎている事に気付き、早足で廊下を進み自分の席へと戻る。
 
 途中で同じ梶谷チームの先輩社員とすれ違った際、「才谷くん、さっきリフレッシュスペースで見かけたんだけど、社長と仲良いの?」と出し抜けに声を掛けられて、「新入社員なんで気を遣って声を掛けてくれてるだけですよ」なんて適当な事を答えた。

 そりゃそうだ、そこに居るだけで目立つ社長が度々新入社員の俺と休憩を過ごしているなんて、皆何事かと思うだろう。

「社長から声を掛けられるなんて羨ましいなぁ。俺なんて遠くから見るだけで緊張するもん。だって社長って、いかにも仕事がデキてプライベートでも充実してるって感じで……男の俺でも憧れるんだよ」

 先輩の鈴木さんは俺より三つほど年上だったか、気さくに話しかけてくれる人で、必然的に分からない事を尋ねるのも梶谷さんに次いで鈴木さんが多かった。
 
 基本的に土屋エンジニアリングは社長が気に入った人材しか雇わないとの事だから、おかしな人は一人もいない。皆仕事に熱心で、性格は様々だとしても誰もが気の良い人たちばかりだ。

「俺も、社長や水川さんみたいな人には憧れますよ。梶谷さんだって社長達とはタイプが違うけど、本当に頼れる上司だし」
「だなー。でもさ、出来れば俺の名前もそこに入れてくれよ」

 口を開けば冗談を言うのが常の明るい鈴木さんは、片手を上げておどけた風にそう口にした。
 この人のからかい半分に明るいところと、スピーディーでミスもない仕事ぶりのギャップが、以外にも多くの取引先からは好印象だと聞いている。

 タイプは違えど、皆それぞれのやり方でもって結果を出しているんだ。

「鈴木さんの事も勿論尊敬してますよ。だから俺も、先輩方に負けないように頑張ります」
「可愛いなぁ、新入社員の才谷くん! よし、それじゃあ午後も頑張ろうぜ!」

 鈴木さんは学生時代、ずっと野球を続けていたと聞く。今も草野球チームに入ってるとか何とか。
 だからなのか、肩を組まれ体育会系のガッチリとした身体に引き摺られるようにしてオフィスへと戻る羽目になった。

 水川さん、社長と何を話しているんだろう……。

 
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