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14. この社長、かなりの変わり者だった

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 はじめから社長が俺を水川さんとくっつけたがってた訳だし、俺が水川さんを好きだって事も知ってるし。
 って事はこのちっちゃな箱庭の中のウサギとクマは水川さんと俺なんじゃないか、きっと今までの展開を考えたら誰もがそう思うだろう。

「才谷くん、それは違うよ」
「へ……?」

 社長は何故か拗ねたような口振りで俺の答えを否定した。
 そしてサッと椅子を引いてから目の前の席に腰掛けると、両手を組んで顔をズイッとこちらへ近付けてきた。

「この可愛いウサギはどう見たって静だよ。それは分かるね?」
「はぁ……」
「そうなると、ウサギの隣に立ち、慈しむかのように寄り添っている心優しきクマ。この二人の間には長年の信頼関係だったり、お互いを大切に思う気持ちが溢れているだろう? つまりこれは才谷くんでは無く、僕だよ」

 今目の前に座る社長は本物の土屋彰人なんだろうか。
 俺の知る社長はこんなキャラじゃなかったはずだ。

 恍惚とした視線はウサギとクマがいる多肉植物の箱庭に注がれ、さも愛おしそうに指先で優しく帽子を被ったウサギの頭を撫でている。

「急にどうしたんですか、社長。何だかいつもと……雰囲気が違いますね」
「そうかい? 僕は元々こんな風だけど。あぁ、でもちょっと心穏やかじゃないからかな。違って見えるなら」
「社長、何が言いたいんですか?」

 何だかいつもと雰囲気が違って見える社長。さっきから訳の分からない事ばかり言っているが、何か俺に言いたい事がありそうだ。
 それにしても、やり手でスマートな社長にこんな一面があったなんて。
 水川さんは社長のこんな一面も知っているのだろうか。

「君に静の事を任せようと思った事はやはり間違いではなかった。だけど、静が僕以外の人間に心を開いているのを見るのが思いの外辛くてね」
「……はぁ。って、……は⁉︎」
「矛盾していると思うだろうが、僕は静の事を大切に思っているからね。静が幸せになる事は喜ばしいが、それでもやはり僕以外の人間に心を許す静を見ていると嫉妬してしまう事もある」

 目の前で物憂げにフウッとため息を吐く社長。俺は……何というか、この完璧に見えた社長の知らなかった一面を知る事になって面食らった。

 でも、待てよ。水川さんは決して俺に心を開いてなんかない。ほぼ毎日体は許しているけど、いつまで経っても俺の気持ちは一方通行で、水川さんは何ら変わっていないのに。

「社長、水川さんは俺の事を何とも思ってないですよ。心を開くどころか、今でもずっと俺の一方通行です」
「何故そう思うんだい?」
「何故って……。水川さんの口からは俺に対する気持ちなんて聞いた事が無いですし」

 本当の事だ。水川さんは未だに俺の事を好きだとは一度も口にしていない。
 初めに比べれば多少は態度に変化はあるものの、それだって決して甘い雰囲気になったりする訳ではない。

「いい事を教えてあげようか」

 社長はメガネのブリッジを指でクイっと持ち上げると、複雑な感情が入り混じったような表情を浮かべて俺にそう提案した。

「僕は昔から静にとても甘いからね。僕自身が静の為を思って君をあてがったものの、あの静がついこの前まで経験のなかった君一人で満足できるとは思えなくて。ついつい一昨日声を掛けたんだよ。『随分長く才谷くんだけで我慢しているようだし、不満が溜まっているなら久々に他の誰かと会ってみる?』って」
「社長……っ!」

 思わず自分の立場もこの場所がどこかも忘れて、きつい声色で詰め寄るような言い方をしそうになった。

 思えば社長は初めから水川さんの事しか考えていなかった。
 俺の気持ちなんて関係なく水川さんと引き合わせて、偶然俺が水川さんの事を好きになったから良かったものの、そうじゃ無かったらどうだっただろうか。
 利用するだけ利用して、俺は二人に弄ばれたと思ったかも知れない。

「でも、静が言ったんだ。『要らない。もうそういうのは必要ない。僕には慎太郎がいるから』って」

 さっきまで腹の奥底からふつふつと湧き上がってきていたどうしようもない怒りは、現金にも社長の言葉でどこかへすっ飛んでいった。
 代わりに俺の頬、全身がカァーッと火照ったようになって、一度ドクンと大きく脈打った心臓はその後も早足で拍動を続けていた。

「それ……本当に水川さんが?」

 声が掠れた。
 
「うん、そう。だから僕、君に妬けちゃってね。ちょっと意地悪したくなったんだ。静の病気……自分をわざと傷つけて大事に出来ない事を何とかしたくて、君を静に紹介したのにね。いざ僕以外に心を開いている静を見ると寂しくて」
「社長が……俺のしているような役割をしようとは思わなかったんですか?」

 社長は水川さんの事を余程特別に、大切に想っているんだろう。それなら何故俺に水川さんを預けるような真似をしたのか。
 もし大切に想っているのなら、自分が水川さんの相手を務めればいいのではないか。

 ますますこの社長の考えが分からない。

「僕が? 何故?」

 リフレッシュスペースにはポツポツと人影がある。大概は談笑していたり、テーブルに突っ伏して寝ていたりするので誰かが俺達の会話を聞いている気配はない。
 
 それでも念の為周囲に聞こえないように顰めていた声を、なお一層小さくして尋ねた。

「だって社長、社長は水川さんの事を……」



 

 
 
 
 
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