14 / 35
14. この社長、かなりの変わり者だった
しおりを挟むはじめから社長が俺を水川さんとくっつけたがってた訳だし、俺が水川さんを好きだって事も知ってるし。
って事はこのちっちゃな箱庭の中のウサギとクマは水川さんと俺なんじゃないか、きっと今までの展開を考えたら誰もがそう思うだろう。
「才谷くん、それは違うよ」
「へ……?」
社長は何故か拗ねたような口振りで俺の答えを否定した。
そしてサッと椅子を引いてから目の前の席に腰掛けると、両手を組んで顔をズイッとこちらへ近付けてきた。
「この可愛いウサギはどう見たって静だよ。それは分かるね?」
「はぁ……」
「そうなると、ウサギの隣に立ち、慈しむかのように寄り添っている心優しきクマ。この二人の間には長年の信頼関係だったり、お互いを大切に思う気持ちが溢れているだろう? つまりこれは才谷くんでは無く、僕だよ」
今目の前に座る社長は本物の土屋彰人なんだろうか。
俺の知る社長はこんなキャラじゃなかったはずだ。
恍惚とした視線はウサギとクマがいる多肉植物の箱庭に注がれ、さも愛おしそうに指先で優しく帽子を被ったウサギの頭を撫でている。
「急にどうしたんですか、社長。何だかいつもと……雰囲気が違いますね」
「そうかい? 僕は元々こんな風だけど。あぁ、でもちょっと心穏やかじゃないからかな。違って見えるなら」
「社長、何が言いたいんですか?」
何だかいつもと雰囲気が違って見える社長。さっきから訳の分からない事ばかり言っているが、何か俺に言いたい事がありそうだ。
それにしても、やり手でスマートな社長にこんな一面があったなんて。
水川さんは社長のこんな一面も知っているのだろうか。
「君に静の事を任せようと思った事はやはり間違いではなかった。だけど、静が僕以外の人間に心を開いているのを見るのが思いの外辛くてね」
「……はぁ。って、……は⁉︎」
「矛盾していると思うだろうが、僕は静の事を大切に思っているからね。静が幸せになる事は喜ばしいが、それでもやはり僕以外の人間に心を許す静を見ていると嫉妬してしまう事もある」
目の前で物憂げにフウッとため息を吐く社長。俺は……何というか、この完璧に見えた社長の知らなかった一面を知る事になって面食らった。
でも、待てよ。水川さんは決して俺に心を開いてなんかない。ほぼ毎日体は許しているけど、いつまで経っても俺の気持ちは一方通行で、水川さんは何ら変わっていないのに。
「社長、水川さんは俺の事を何とも思ってないですよ。心を開くどころか、今でもずっと俺の一方通行です」
「何故そう思うんだい?」
「何故って……。水川さんの口からは俺に対する気持ちなんて聞いた事が無いですし」
本当の事だ。水川さんは未だに俺の事を好きだとは一度も口にしていない。
初めに比べれば多少は態度に変化はあるものの、それだって決して甘い雰囲気になったりする訳ではない。
「いい事を教えてあげようか」
社長はメガネのブリッジを指でクイっと持ち上げると、複雑な感情が入り混じったような表情を浮かべて俺にそう提案した。
「僕は昔から静にとても甘いからね。僕自身が静の為を思って君をあてがったものの、あの静がついこの前まで経験のなかった君一人で満足できるとは思えなくて。ついつい一昨日声を掛けたんだよ。『随分長く才谷くんだけで我慢しているようだし、不満が溜まっているなら久々に他の誰かと会ってみる?』って」
「社長……っ!」
思わず自分の立場もこの場所がどこかも忘れて、きつい声色で詰め寄るような言い方をしそうになった。
思えば社長は初めから水川さんの事しか考えていなかった。
俺の気持ちなんて関係なく水川さんと引き合わせて、偶然俺が水川さんの事を好きになったから良かったものの、そうじゃ無かったらどうだっただろうか。
利用するだけ利用して、俺は二人に弄ばれたと思ったかも知れない。
「でも、静が言ったんだ。『要らない。もうそういうのは必要ない。僕には慎太郎がいるから』って」
さっきまで腹の奥底からふつふつと湧き上がってきていたどうしようもない怒りは、現金にも社長の言葉でどこかへすっ飛んでいった。
代わりに俺の頬、全身がカァーッと火照ったようになって、一度ドクンと大きく脈打った心臓はその後も早足で拍動を続けていた。
「それ……本当に水川さんが?」
声が掠れた。
「うん、そう。だから僕、君に妬けちゃってね。ちょっと意地悪したくなったんだ。静の病気……自分をわざと傷つけて大事に出来ない事を何とかしたくて、君を静に紹介したのにね。いざ僕以外に心を開いている静を見ると寂しくて」
「社長が……俺のしているような役割をしようとは思わなかったんですか?」
社長は水川さんの事を余程特別に、大切に想っているんだろう。それなら何故俺に水川さんを預けるような真似をしたのか。
もし大切に想っているのなら、自分が水川さんの相手を務めればいいのではないか。
ますますこの社長の考えが分からない。
「僕が? 何故?」
リフレッシュスペースにはポツポツと人影がある。大概は談笑していたり、テーブルに突っ伏して寝ていたりするので誰かが俺達の会話を聞いている気配はない。
それでも念の為周囲に聞こえないように顰めていた声を、なお一層小さくして尋ねた。
「だって社長、社長は水川さんの事を……」
0
お気に入りに追加
71
あなたにおすすめの小説
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。
丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。
イケメン青年×オッサン。
リクエストをくださった棗様に捧げます!
【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。
楽しいリクエストをありがとうございました!
※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる