愛しの静はあざとい先輩【R18】

蓮恭

文字の大きさ
上 下
13 / 35

13. やり手のメガネ社長は

しおりを挟む

 当然だけどオフィスでの水川さんは相変わらず同僚達に笑顔と愛想を振りまいて、そのくせ仕事は完璧でスピーディーにこなしていた。
 俺に対しても他の同僚と同じ態度を崩さず、完全に公私をわきまえた日々を送っている。

「梶谷さん、今度の出張へ行くのは僕と梶谷さんでいいですよね? 現場が前回の四国よりも遠方の九州なので、一度で終わらせられるようしっかりと視察しておきたいと思いますから、ニ泊くらいは予定しておいてください」

 午後の会議の終わり、水川さんが梶谷さんに声を掛けた。
 水川チームと梶谷チームで手がけている物件、ある程度は現場で実際に見てから調整しなければならない部分もある。
 大体の構造は前回手がけた四国の物件と同じなのだが、一部違う部分もあって、そこを重点的に確認しに行く事になっていた。
 
 こういう時はリーダーの二人が出張に行くことが慣例ではあったが、たった二泊三日とはいえ、毎日一緒の時間を過ごすのが当然になってきていた今となっては少し寂しい。
 
 そんな俺の気持ちなんて水川さんは気付きもしていないんだろうな。気付いていたとしても、水川さん自身が寂しいとは思わないんだろう。

 俺はまだ、水川さんの心を自分に向ける事が出来ないでいた。
 どんなに身体を重ねても、水川さんは決して俺の事を好きだとは言わない。
 社長に対する態度と同じように、プライベートでは随分砕けた調子で接してくれるようになったけど、それは恐らく水川さんの恋愛感情とは関係が無い。
 この人は決して俺の事を好きになったわけじゃない。

「そうだね、それで予定しとくよ。日程はあちらさんの返事待ちだよね。また決まり次第教えてくれるかな」
「もちろんです。よろしくお願いします」

 会議を終えた同僚達はリーダー二人の会話なんて気にせずさっさと自分の席に戻っていく。
 俺はというと、なるべくゆっくり手元にある資料をかき集めながら聞き耳を立てていたけど、そんな行動をしている自分が馬鹿馬鹿しくなって途中でやめた。

 午後の休憩はリフレッシュスペースで一番多く多肉植物が置いてある一角の席を陣取った。
 最近ここに増えたのは、クマやウサギなど動物の小さな人形があしらわれた箱庭風の寄せ植えで、コーヒーを口に運びながらじっくりとそれを眺める。
 こじんまりとした家の前で仲良さげに寄り添うクマとウサギが、スコップやジョウロをそばに置いて畑仕事か何かしている様子だろうか。

 コイツらは種族が違う癖にこんな風に仲睦まじくしていて、夫婦なのか友達なのかは知らないが、どちらにせよお互い信頼しあって好き合っている。

 こんな物を見て羨ましいと思うくらいに、俺は水川さんに対するどうしようもない恋慕の情と、身体だけの繋がりしか持てない今の現状に気を揉んでいた。

「お疲れ様。才谷くん、その新しい寄せ植えは気に入ってくれた?」

 ぼうっとしているところに声を掛けられて、その上こんなに可愛らしい物をじっと見つめていた事が照れ臭く、声がした方向へ慌てて視線を向ける。

「社長……」
「それね、僕が作ったんだよ。偶然街で見かけて、そういう寄せ植えもいいなと思ってね」
「え、社長が手ずからですか?」
「うん。このウサギは静のイメージで、このクマは……誰だと思う?」

 社長は整った顔にシャープな印象を与えるメガネをかけていて、その奥にある目は俺の方をじっと見据えていて。シュッとした口元はさも楽しそうに端が緩く持ち上がり、仕立てのいいスーツも相まって、大人の男の魅力が溢れている。
 正直、俺が女だったらこんな風に話しかけられただけで速攻惚れてしまうだろうと思う。

 水川さんも社長も、高専在学中はそれでなくとも少ない女子にめちゃくちゃモテたらしいしな。

 実は高専時代の友人から最近になってそんな事を聞いた。
 水川さん達二人は六つも年上だから俺や友人は直接関わりが無かったが、偶然にも友人の兄が同じ高専卒で二人と同級生だったらしい。俺が土屋エンジニアリングに就職したと話せば、その伝説の如きモテ具合を語ってくれた。

 俺が面白くないのは、その頃既に水川さんは他の男達との爛れた関係に身を置いていたという事を知っているから。
 高専に入ってすぐに女と寝るのはやめたと本人から聞いていた。
 それは他の男からの無駄なやっかみや、避妊、痴情のもつれなどの面倒臭さが原因だと、水川さんがさも気怠そうに話していたのを思い出す。
 
「才谷くん? どう? 難しく考える事は無いよ。素直に答えてみて」

 そう言われて、いつの間にか思考の海に沈んでいた俺はハッとする。

 社長からの問いをじっくり考えるふりをしながら、実は目の前に立つ社長にうっかり見惚れてしまって、挙句水川さんの事まで思いを馳せていたとはとても言えない。

「ほらほら、静の事を心の底から大切に思っている人物だよ」

 普段の落ち着いた大人の雰囲気はどこへやら、社長はとても楽しそうに、まるでいたずらっ子のような笑みを湛えて答えを促す。

 社長は何が言いたいんだ……。一体……?
 
「もしかして……俺、とか……ですか」

 

 
 

 

 
 
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

一夜限りで終わらない

ジャム
BL
ある会社員が会社の飲み会で酔っ払った帰りに行きずりでホテルに行ってしまった相手は温厚で優しい白熊獣人 でも、その正体は・・・

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

処理中です...