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13. やり手のメガネ社長は
しおりを挟む当然だけどオフィスでの水川さんは相変わらず同僚達に笑顔と愛想を振りまいて、そのくせ仕事は完璧でスピーディーにこなしていた。
俺に対しても他の同僚と同じ態度を崩さず、完全に公私をわきまえた日々を送っている。
「梶谷さん、今度の出張へ行くのは僕と梶谷さんでいいですよね? 現場が前回の四国よりも遠方の九州なので、一度で終わらせられるようしっかりと視察しておきたいと思いますから、ニ泊くらいは予定しておいてください」
午後の会議の終わり、水川さんが梶谷さんに声を掛けた。
水川チームと梶谷チームで手がけている物件、ある程度は現場で実際に見てから調整しなければならない部分もある。
大体の構造は前回手がけた四国の物件と同じなのだが、一部違う部分もあって、そこを重点的に確認しに行く事になっていた。
こういう時はリーダーの二人が出張に行くことが慣例ではあったが、たった二泊三日とはいえ、毎日一緒の時間を過ごすのが当然になってきていた今となっては少し寂しい。
そんな俺の気持ちなんて水川さんは気付きもしていないんだろうな。気付いていたとしても、水川さん自身が寂しいとは思わないんだろう。
俺はまだ、水川さんの心を自分に向ける事が出来ないでいた。
どんなに身体を重ねても、水川さんは決して俺の事を好きだとは言わない。
社長に対する態度と同じように、プライベートでは随分砕けた調子で接してくれるようになったけど、それは恐らく水川さんの恋愛感情とは関係が無い。
この人は決して俺の事を好きになったわけじゃない。
「そうだね、それで予定しとくよ。日程はあちらさんの返事待ちだよね。また決まり次第教えてくれるかな」
「もちろんです。よろしくお願いします」
会議を終えた同僚達はリーダー二人の会話なんて気にせずさっさと自分の席に戻っていく。
俺はというと、なるべくゆっくり手元にある資料をかき集めながら聞き耳を立てていたけど、そんな行動をしている自分が馬鹿馬鹿しくなって途中でやめた。
午後の休憩はリフレッシュスペースで一番多く多肉植物が置いてある一角の席を陣取った。
最近ここに増えたのは、クマやウサギなど動物の小さな人形があしらわれた箱庭風の寄せ植えで、コーヒーを口に運びながらじっくりとそれを眺める。
こじんまりとした家の前で仲良さげに寄り添うクマとウサギが、スコップやジョウロをそばに置いて畑仕事か何かしている様子だろうか。
コイツらは種族が違う癖にこんな風に仲睦まじくしていて、夫婦なのか友達なのかは知らないが、どちらにせよお互い信頼しあって好き合っている。
こんな物を見て羨ましいと思うくらいに、俺は水川さんに対するどうしようもない恋慕の情と、身体だけの繋がりしか持てない今の現状に気を揉んでいた。
「お疲れ様。才谷くん、その新しい寄せ植えは気に入ってくれた?」
ぼうっとしているところに声を掛けられて、その上こんなに可愛らしい物をじっと見つめていた事が照れ臭く、声がした方向へ慌てて視線を向ける。
「社長……」
「それね、僕が作ったんだよ。偶然街で見かけて、そういう寄せ植えもいいなと思ってね」
「え、社長が手ずからですか?」
「うん。このウサギは静のイメージで、このクマは……誰だと思う?」
社長は整った顔にシャープな印象を与えるメガネをかけていて、その奥にある目は俺の方をじっと見据えていて。シュッとした口元はさも楽しそうに端が緩く持ち上がり、仕立てのいいスーツも相まって、大人の男の魅力が溢れている。
正直、俺が女だったらこんな風に話しかけられただけで速攻惚れてしまうだろうと思う。
水川さんも社長も、高専在学中はそれでなくとも少ない女子にめちゃくちゃモテたらしいしな。
実は高専時代の友人から最近になってそんな事を聞いた。
水川さん達二人は六つも年上だから俺や友人は直接関わりが無かったが、偶然にも友人の兄が同じ高専卒で二人と同級生だったらしい。俺が土屋エンジニアリングに就職したと話せば、その伝説の如きモテ具合を語ってくれた。
俺が面白くないのは、その頃既に水川さんは他の男達との爛れた関係に身を置いていたという事を知っているから。
高専に入ってすぐに女と寝るのはやめたと本人から聞いていた。
それは他の男からの無駄なやっかみや、避妊、痴情のもつれなどの面倒臭さが原因だと、水川さんがさも気怠そうに話していたのを思い出す。
「才谷くん? どう? 難しく考える事は無いよ。素直に答えてみて」
そう言われて、いつの間にか思考の海に沈んでいた俺はハッとする。
社長からの問いをじっくり考えるふりをしながら、実は目の前に立つ社長にうっかり見惚れてしまって、挙句水川さんの事まで思いを馳せていたとはとても言えない。
「ほらほら、静の事を心の底から大切に思っている人物だよ」
普段の落ち着いた大人の雰囲気はどこへやら、社長はとても楽しそうに、まるでいたずらっ子のような笑みを湛えて答えを促す。
社長は何が言いたいんだ……。一体……?
「もしかして……俺、とか……ですか」
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