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5. おばあちゃん子の社長って
しおりを挟む思わず椅子ごとのけぞったから、ガタッと大きな音がして他の社員がチラリとこちらへ目を向けた。
社長は普段から社内で社員と親しげに話す事が度々あったからこの状況は不自然ではないにしろ、なるべく平静を保たなければ不器用な俺はとんでもない失態を犯してしまいそうだった。
「すみません。あまり……というかほとんど記憶が無くて。あの日は飲み過ぎて、お見苦しいところを見せてしまいました」
本当はかなり鮮明に覚えている部分もあったが、あんなエロい場面しか記憶にないなんて事は言えなかった。
「それはいいんだよ。才谷くんが帰るところを無理に僕が誘ったんだからね。それで、あの夜君と過ごした静と、これからも仲良くなる気は無いかな?」
「は……? あ、いや、あの、すみません。それは、どういう……」
「君ならきっと静と上手くいくと思うんだ。あの静も君が相手だとまんざらでもなさそうだしね」
周りに聞こえないようにする為か、グイと近付いて話す社長の目が、それはそれは綺麗な形をしているのを俺はただ見つめるしかできなくて。
やっぱり静って女は社長の恋人じゃないのか。だけど、なんだって社長は俺と静をこんなにもくっつけたがるんだ?
眼鏡越しの瞳のその奥を懸命に覗き込んでみたが、それくらいじゃ社長が何を考えているのか俺には全く読めない。
「社長はどうして……」
「どうして僕が静と才谷くんを引き合わせたかって、そりゃあ気になるよね?」
「まぁ、多少は……気になります」
嘘だ。本当はめちゃくちゃ理由が気になってるし、出来る事なら静にだってもう一度会いたい。
情けないかも知れないけど、俺はハジメテをあんな形で奪われた相手の事を意識してしまってどうにも仕方がなかった。
切長の冷たい視線も、白い背中と四肢も、淫らに揺れる髪だって、どれも鮮明に瞼の裏側へと焼き付いていた。
仕事をしていた時には忘れていた熱が、社長と話していると徐々に思い出されてきて、引き絞る痛みに似たような感覚で胸が苦しくなる。
「良かった。静は一夜限りにするつもりだったみたいだけど、僕はきっと君相手なら静が変われると思ってね。だからこれからも、ぜひ君の方から静にアタックしてもらいたいんだ」
「アタック、ですか?」
「ああ、アタックとかって古臭いかな。ごめんね、時々発言が年寄りくさいって静にも言われるんだけど。知っての通り、僕はばあちゃん子だから」
そう言って笑う社長につられて思わず俺も頬が緩みそうになる。
この社長が意外にもおばあちゃん子なのは周知の事実だ。それに俺も母校の講演会で社長からそれに関するエピソードを聞いて、この会社に興味を持ったんだから。
「俺も……社長が知っての通りばあちゃん子なので、というかそうでなくともアタックくらいは分かりますけど」
「そっか、そうだよね。君もおばあちゃん子だから僕がいくら年寄りくさい言葉を言っても分かるか。それなら話が早い、静の事頼めるよね? だって才谷くん、静に惚れちゃったでしょ?」
社長のめちゃくちゃな理論に反論するより前に、自分の意志なんて関係なく勝手に顔全体が一気に熱くなるのを感じた俺は、慌てて前腕を使って目から下を覆い隠す。
「な、なんで、ですか」
「ふふっ、あの夜の君を見てたから分かるよ」
「いや、でも何度も言いますが俺自身は本当に飲んでた時の記憶が無いんです」
「それって、飲んだ後の記憶はあるって事かな?」
ここで初めて、社長の笑みに怖さを感じた。有無を言わせない圧をビシビシ感じる。
しかもそれが図星なもんだから、咄嗟の隠し事が下手な俺はきっと顔に答えが出ているんだろう。パクパクと酸素を求める金魚みたいに間抜けな顔をしている俺を放っておいて、フイと社長は視線を遠くへと向けた。
「あ、静! ちょうど良かった! こっちへおいで!」
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