愛しの静はあざとい先輩【R18】

蓮恭

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4. 癒しの多肉植物

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「あの……」
「新入社員の才谷慎太郎くんだよね? 梶谷さんのチームで頑張ってるって聞いてるよ。これからよろしくね」
「こ、光栄です。よろしくお願いします」

 フワリと笑って首を傾げた水川さんの瞳は茶色みが強い。
 近づいた時に微かに香ったのは柔軟剤か香水か、どちらにしても俺みたいな無骨な人間とは全然違って余裕のある大人って感じだ。

 隣では社長が水川さんと俺とのやり取りをどこか楽しそうに見ている。

「早く一人で現場へ出張に行けるようになってね。その時は僕にも美味しいお土産頼むよ」
「……はい、頑張ります」
 
 笑顔でそんな風に激励されても、相変わらず気の利いた言葉の一つも返せない。
 自分の口下手さと不器用さに俯き加減になったところで、団子を手にした梶谷さんに肩をポンとされた。
 そして保護者に連れられる子どものようにようにして席に戻った。

「あのね、水川くんってすごく優秀なんだよ。僕なんか年上だけど全然敵わない。あの笑顔と甘い雰囲気で営業も出来るし、もちろん仕事だってバリバリだよ。才谷くんも是非彼みたいな先輩を目指してこれから頑張ってね」
「……頑張ります」

 団子を頬張る団子……とは失礼だが、少しお腹の出っぱった人の良い中年である梶谷さんは、某パンの顔をしたヒーローによく似ている。
 梶谷さんは謙遜するけれど、この会社の社員は全て社長自ら実力と人柄を重視して厳選していると、母校で就職先を探していた時に聞いていた。
 実際梶谷さんは俺のいるチームのリーダーで、個性的な社員達をまとめるのも上手かったから、某パンマンに似ているからと言って侮れない。
 こうやってさりげなく新人の俺をフォローしてくれるのも一度や二度では無かった。

 俺も早く社長や皆に認めてもらえるように、一生懸命頑張らないとな。

 慌てて団子を頬張ってからチームミーティングに参加する頃には、あれほど悶々としていた静への気持ちも忘れて仕事に取り組んでいた。

 午後からの社内検討会議では、俺が所属する梶谷チームと水川チームが協力して手がける物件についての話し合いが行われた。
 その場でも水川さんは常にあの人懐っこい子犬みたいな笑顔でニコニコしていて、そのくせ的確な指摘と意見を発信することを決して怠らない。
 皆知らないうちに水川さんのペースに乗せられて、うまい具合に動かされている。そんな感じを受けた。

 このチーム設計という手法をする上で、某パンマン梶谷さんはそのルックスとのんびりした口調で場の雰囲気を和ませるのが得意だ。メンバー皆が意見を言いやすい雰囲気作りを心がけているんだろう。
 
 対する水川さんの場合は、あの貼り付けたような笑顔で相手を油断させているけど、かなり際どい所まで細かく打ち合わせしていて抜け目が無い。

 俺にはあの完璧な笑顔がどうにも胡散臭く見えるんだけどな。

 女性社員に対する態度は爽やかで、同性からも一目置かれる存在。どんな相手にも好印象を与えるように自分の見え方を意識している。
 空気をしっかり読み取るくせに、絶妙な距離感で相手の心を掴み上手く立ち回っていて……かなり計算高い人。

 それが水川さんと仕事をした初日、俺が思った印象だった。

 午後、目が疲れた俺はリフレッシュスペースでコーヒーを飲みながら、そこかしこに飾られた多肉植物を眺めていた。

 こいつら、やたらとぷっくりしてモコモコして、可愛いんだよな。

 はじめは見たことも無いくらい様々な種類の多肉植物がオフィスの一角へ飾られていることに驚いたが、梶谷さんから「緑色は眼精疲労に効くんだよ。それに、ここにある多肉植物は社長の趣味らしい」と聞いて興味が湧いた。
 それから俺は休憩の度にここで多肉植物を眺めるのが癖になっている。

 社長、可愛い趣味を待ってるよなぁ。

「才谷くん、ここに座ってもいいかな?」

 ぼうっとしている時に急に声を掛けられて、ビクンと肩を跳ねさせた。

 視線を上げると眼鏡の細いメタルフレームをクイっと持ち上げながら笑う社長が立っている。

「え、は、はい……っ!」
「ごめんね、せっかくの休憩中に邪魔をしたかな?」
「いや、そんな事は……」
「あんまり熱心に僕の多肉達を眺めてくれてたから、どうにも嬉しくてね。多肉は好きかい?」

 多肉植物が好きかと聞かれたら、嫌いでは無いし毎日眺めてるくらいだから好きなんだろう。

「多肉植物という言葉も存在も知らなかったんですが、ここに来て好きになりました」

 しまった、何もそんなに正直に話すことはなかったんじゃないか。

 急に問われた事で思わず本心を語ってしまい、頬が熱くなる。口下手で、咄嗟にうまいことを言えない自分が恥ずかしい。
 
「そうか、それは嬉しいな」

 思った通り、社長は俺の真っ直ぐ過ぎる言葉にクスクスと笑いを零した。
 俺は正真正銘男だけど、それでも社長の笑う顔にはドキッとするくらい男前だなぁと思う。

「それで、あの夜静とはどうだったんだい?」

 リフレッシュスペースには他の社員も居たけれど、俺の耳元に囁きかけるようにヒソヒソと話す社長の声は誰にも聞こえないだろう。

 俺は社長の言葉に凍りついた。

 
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