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3. 茶髪のイケメンはデキる先輩
しおりを挟む月曜の朝、悶々としてスッキリしないまま会社に出勤した俺は、朝一番のメールチェックをしていた視線をふと上げる。
朝礼の為に集まり始めた社員の中に、見慣れない後ろ姿を見つけた。スラリと伸びた細身の体躯に、体のラインが分かるジャストサイズの明るいグレースーツが似合っている。色素の薄い茶色の髪は、圧倒的に黒髪が多い男性社員達が横に並ぶとかなり目立っていた。
誰だ? あんな茶髪の社員いなかったよな? 先輩が休みの間にイメチェンしたのか?
土屋エンジニアリングは小規模な会社で、就職して二週間も経てば社員全員の名前と顔くらいは把握できる。それなのに、あんなに目立つ後ろ姿は初めて見た。
やがて朝礼が始まると、社長である土屋が皆の前に立って挨拶をするのが慣例となっている。社長は週末に会った時と変わらず、穏やかな笑みを浮かべながら朝の挨拶を述べる。
え……。今、社長が一瞬、俺の方を見た?
いつもなら社員全員への伝達事項や、簡単な一言を話すだけの事が多いのに、今日は違ったようだ。
ほんのひと時、俺の方を見て口元を緩めたように見えた社長は、前を向く社員達の方へ向かって手招きする。
すると、さっき見かけた茶髪の社員だけがスッと前方に動いたのが視界の左端に映る。
「実は、先月から四国の現場へ出張に行っていた水川が、昨日の夕方こちらへ帰って来た。皆で一丸となって取り組んだクリーンセンターの物件は、無事に施工完了したそうだ。仕上がりに満足した先方が、また別の設備に関してもうちに任せてくれると言ってくれたみたいだから、また忙しくなるだろうけどよろしく頼むよ。それと、水川個人から皆に土産があるそうだから……」
そう述べた社長の隣に並びこちらへ向き直った茶髪の水川という社員は、中性的な整った顔立ちに人懐っこい子犬みたいな笑顔を浮かべている。
その癖社長から一言を促されると、どこか照れ臭そうにしていて、周囲の先輩達はそれを温かく(というか熱烈な視線を送る女子社員も居たが)見守っていた。
「そんな大したものじゃ無いんだけど、前に買って来た時に皆がすごく喜んでくれたので、懲りずにまた買ってきました。良かったら食べてください」
言いつつ差し出した箱には『坊っちゃん団子』と書いてある。
その時水川さんが浮かべたのは不器用で無愛想で口下手な俺には似合わない、というか到底出来ないような華やかな笑顔だった。
元々アットホームな会社だとは思っていたけど、こうやって社長と社員の距離が近いのも、社員同士が常に和気藹々としているのも珍しいのかな。
先日開いてくれた懇親会の時だって、慣れない場で緊張する俺へ皆親切に接してくれた。
「いかにもいいところの坊っちゃんって感じの水川さんが『坊っちゃん団子』を持ってるなんて、可愛すぎてヤバいよねぇ」
「うんうん、眼福だよぉー」
「騒ぐ女子社員達の気持ちも分かるよなー。俺も出来る事なら水川みたいに生まれたかったわ」
どうやら見目麗しい水川さんは女性社員から人気のようだ。そして男性社員も一目置いている、と。
社長だって世に言うイケメンというやつだし、メタルフレームの眼鏡が似合うシュッとした雰囲気のデキる男らしさが周囲から人気だ。
けれどそれとは逆に水川さんは線が柔らかくて犬っころみたいな人懐こさで、雰囲気が中性的とも言える。
この二人は全くタイプが違うけど、横に並ぶととにかく華やかで眩しい。
そんな風に思っているうちに皆がいつの間にか一列に並んで、一人ずつ水川さんの所へ寄って団子を貰ってから自分の席についていく。
この会社ではよくある光景なのか、皆慣れたようにお礼を言いながら水川さんと笑い合っていた。
「ほらほら、才谷くんも並ぶよ」
そう言って俺の背中を押したのは、就職してからずっと付きっきりで仕事を教えてくれている梶谷さんだ。
目尻の皺が目立つ丸顔を綻ばせた梶谷さんにグイグイと背中を押され、俺は残り少ない団子を持った水川さんの前に立つ。
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