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56. 想いあい

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 五ヶ月と少し後、予定日より早めではあったけれど明のところに赤ちゃんが産まれる。
 女の子で、名前ははるかと決めた。

 僕と宗次郎は新名しんみょう家の新しい命に会わせてもらって、その可愛さにメロメロになってしまった。

 小さな手は爪も小さくてとても可愛らしく、こんなに小さな赤ちゃんが明みたいなデカい体になるのだと思うと、本当に当たり前のことなんだけど凄く神秘的だと思った。

 その帰り道の車内で、僕はずっと聞いてみたかったことを勇気を出して聞いてみることにした。

「宗次郎、赤ちゃん可愛かったね」
「そうだな、確かに可愛かった。でも美穂さんは初めての子育ては分かんなくて大変だって嘆いてたなー」
「そうなんだー……。確かに夜泣きとかね、大変だって聞くもんねー……」
「まあな……」

 そうは言ってもなかなか本題を切り出す事が出来ずに、車内の空気は何だか重くなって結局マンションの駐車場へ到着してしまう。

 僕らはいつも通り十三階の部屋にエレベーターで上がろうとすると、同じタイミングで八階へ上がるらしい中年女性と一緒になった。

「こんにちはぁ、いつも仲が宜しいのね。似てないけれどご兄弟かしら?」
「いえ」

 僕は宗次郎が答える前につい答えてしまった。

 さっき、車で聞こうとしたことだって上手く聞けなくて、その上きっと僕らの関係を分かった上で尋ねてくるこのに、普段は感情が表に出にくい僕も何故か苛立っていた。

「あら、それじゃあお友達かしら?」
「俺の可愛い恋人ですよ」

 宗次郎はオバサンの目の前で、突然僕のことを真正面からギュッっと抱きしめて、僕の耳朶じだにそっと唇を寄せた。
 この時宗次郎はどんな顔をしたのかは僕からは見えなかったけれど、オバサンから興奮気味の悲鳴が聞こえた。

「ま、まあ……ッ!」

 オバサンは八階で下りて行ったけれど、その顔は紅潮してじっと宗次郎の方を見つめていた。
 その顔はポーッとして、まるで惚けたように。

「ねえ、大丈夫? あの人マンションの住人でしょ? 噂になっちゃうかも」
「ごめん……。なんか伊織が今にも泣きそうな顔してるように見えたからつい……」
「……僕はいいけど、宗次郎が……」

 エレベーターホールに着いて、心なしか早足で玄関に入るなり宗次郎が僕を抱き締めた。

 フワリと僕の好きな整髪料のいい匂いがする。

「え、宗次郎……どうしたの?」
「伊織、そばに居てよ。俺は伊織さえそばで居てくれたらそれでいから」

 直接声が頭に響くみたいに、僕の欲しい言葉をくれた宗次郎。
 
「周りから色々言われて嫌になったりしないか、とか。子ども……欲しいんじゃないか、とか。とにかく伊織が、俺とのこの関係が嫌になって離れていかないか……不安なんだ」

 ああ、宗次郎と僕と同じことで頭を悩ませていたのか。

「僕もおんなじことを宗次郎に聞こうと思ってたんだよ。宗次郎は周りにバレるのはいいって言ってくれたけど、僕といたら……子どもは勿論無理だし。それでもいいのかなって……」

 他所の赤ちゃんでさえ、あんなに可愛いんだから。
 宗次郎もいつか自分の子どもが欲しいと思うようになるかも知れない。
 その時そばに居るのが僕だったら……、叶えてあげることは出来ないから。

「俺は、これからも伊織さえそばで居てくれたらそれでいい。誰に何て言われても、そんなの関係ない」

 はじめから宗次郎は、僕のために関係を隠すことはあっても、自分のために僕の存在を隠すことはなかった。

「伊織が嫌な思いしないように、俺が盾になって守るから。もし離れたいって言われても……きっと俺は、もう伊織を離してやれない」

 宗次郎は風貌の良い顔を歪ませて、今にも泣き出しそうな顔で僕に訴えた。
 掠れた声が宗次郎の大きな不安と切望を、より一層如実に伝えてくる。

「宗次郎、僕はずっと……忌み子だからって愛されることを諦めていたんだ。ばあちゃんからの愛情すら信じてなかった」

 そう、宗次郎に会うまでは自分が愛されたいと思っていることすら気付かないほどに諦めていた。

「だけど、こんなに素直に自分の気持ちを話せるようになった。忌み子である自分自身の存在を許せるようになったのも、宗次郎のことを好きになったからだよ」

 宗次郎なら全部受け止めてくれるから。
 僕が離れるんじゃないかって、考えるだけで怖くて震えるこの人なら。
 
 僕を逃すまいと抱き締める宗次郎の頭を、ヨシヨシと優しく撫でた。

「大丈夫だよ。僕は宗次郎のそばで生きていく。僕の存在を絶対に肯定してくれる宗次郎のそばじゃないと、僕はきっと幸せになれない」

 僕らはお互いがお互いを必要としてる。
 だけど依存とは違う。
 ちゃんとお互いのことを考えられるから。

「ねぇ、宗次郎。幸せになろう。二人で」
「うん……。伊織、ありがとう」

 僕は宗次郎の頬を両手で挟み、自分の方を向かせた。
 ほら、泣いてる。
 こんなに男らしいのに、僕の前ではポロポロと綺麗な涙を零すんだから。

 眉を下げて涙を流す宗次郎に向かって、僕は今の素直な気持ちを伝える。

「宗次郎、僕……シタいな」
 
 



 
 



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