チャラ男に囚われた忌み子の僕は

蓮恭

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51. 許し

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「いおり……」

 そっと重ねた唇を離すと愛しい人が僕の名を呼んだ。
 それだけで僕は空っぽになってた胸が、心が満たされる気がした。

 ばあちゃんは居なくなったけれど、それでも独りぼっちになった僕が生きていられるのは宗次郎が傍にいるからだ。
 宗次郎が居なきゃ、忌み子である僕は孤独に押し潰されていた。

「ね、宗次郎。あの人に……、僕を産み落とした人に会ってくれる?」

 今は母親のことを許すつもりはない。

 だけど、きっといつかは……僕が宗次郎と生きて行く為に産んでくれたんだということを感謝できる日が来るかも知れない。

「きっともうすぐ会えなくなるから、宗次郎には会っていて欲しいんだ」

 僕が勇気を出して宗次郎にそう伝えると、宗次郎はさっきまでの情けない顔はどこへやら。
 いつもの優れた容貌で、どきっとするような微笑みを浮かべた。

「伊織のこと、一生大切にしますってちゃんと言うよ」

 もう一度、これからのことを約束するかのように僕らは優しい口づけを交わした。

 宗次郎と二人で母親の病室を訪れたら、角野さんは相変わらず人の良い笑顔を浮かべて迎え入れてくれた。

「あれ? 伊織くんのお友達かな? とても男前な子だねぇ」

 僕は宗次郎のことを紹介しようと口を開きかけた時、宗次郎がそっと僕を手で制した。

「角野さん、はじめまして。伊織さんの恋人の楢原ならはら 宗次郎そうじろうといいます。突然お邪魔してすみません。伊織さんのお母さんにご挨拶させていただいても構いませんか?」

 宗次郎の言葉に対して、流石に人の良い角野さんもどんな反応をするのか分からなかったから僕は緊張で手に汗が滲んだ。

「どうぞどうぞ! 冴子さん、すっごく男前のイケメンってやつが来てくれてるよ! 冴子さんが好きなイケメンだよ!」

 え、イケメン……。

「なんと、伊織くんの恋人さんなんだって。良かったねぇ、伊織くんは良い人に恵まれて幸せだそうだよ」

 昨日と同じで丸顔をクシャッとさせて笑った角野さんは、宗次郎を母親の寝るベッドの近くへと案内する。

 昨日と変わらずに黄疸おうだんの酷い顔は眠ったままで動かない。
 痩せ細った顔を見ても、昨日よりは自分の心が凪いでいるのを感じた。

「角野 冴子さん、はじめまして。楢原 宗次郎といいます」

 宗次郎は眠った母親に向けて優しく声を掛けた。

「まずは、伊織さんを産んでくれてありがとうございました。伊織さんは自分のことを『忌み子』だと言いますが、俺は伊織さんが居ないととても情けない男なんです」

 僕の生まれた時からの呪いのような『忌み子』という事実。
 その事を宗次郎はいとも簡単に否定してくれた。

「だから、伊織さんを産んでくれた貴女には感謝します。絶対に一生かけて伊織さんを愛して守っていきます。どうか応援してください」

 僕は、生まれた時からかけられたドロドロと絡みつくような呪いのようなものが、小さな白い粒子になってパアッと解けたような気がした。

 今日母親に宗次郎が話してくれたことを、きっと僕は一生忘れない。

「うぐ……っ、えぐっ……、ずず……っ」
「え?」

 僕と宗次郎が後ろを振り向くと、また角野さんがグスグスと泣いていた。

「ざえござぁーん! よがっだねぇー!」

 そう言いながら僕らとは反対側のベッドサイドに立った角野さんは、母親の手を必死でさすっていた。

 やはりそれでも母親の反応は見られなかったが、僕と宗次郎は晴々した気持ちで病室をあとにした。
 
「伊織くん、今後冴子さんにもしものことがあったとしても、全てが終わったら連絡する事にするよ。それが冴子さんの望みだから。伊織くんには迷惑かけない、僕と二人だけで葬儀をするって」
「……そうですか、分かりました」

 角野さんは、最後まで母親の望みを叶えようとしている。
 それほどまでに愛しいと思える相手がいるのは幸せなことだと、今の僕には分かる。

「じゃあ、これジュースね。気をつけて帰るんだよ。二人とも、冴子さんのために来てくれてありがとう」

 何故かまたオレンジジュースをくれた角野さんに別れを告げて、僕は宗次郎とばあちゃんの遺骨と共に帰ることになった。

 帰りは宗次郎の運転で帰ることになったから、疲れが溜まっていた僕はつい助手席でウトウトしてしまった。

「あ、もしもし。明くん? 伊織、今から連れて帰るよ。今回は本当にありがとう。え? 予約? ははっ……」

 明と電話してる?
 そういえば、明は何回か店に来てくれたけど、また近く予約取りたいとか言ってたな。

「いいよ、いつでも言ってくれたら店が終わってからでも切ってあげるよ。君はだからね」

 命の恩人? 何のこと?

「だって……伊織が居なくなったら、僕はきっと生きていけないから。……うん、じゃあまた」

 浅い眠りの時に遠くの方で聞こえた電話でのやり取りに、僕は思わず口の端を緩めた。
 
 僕が居なくなったら生きていけないなんて、宗次郎は大袈裟だ。
 だけど僕は、自分もそのくらいは宗次郎のことが大切なんだと知ったから。

「ちょっと、明に何言ってんの?」

 パチリと目を開けてそう言えば、隣の宗次郎は虚をつかれたような顔をした後にニッコリと艶やかに笑った。

「何って、本当のことだよ。聞こえてたのかぁ……。じゃあ話は早いよね。二回も言わなくともいいって事だ。今日は休みだし、マンション帰ったらおばあちゃんの骨壷を置くところを考えないとな」
「マンション……これからも住んでいいの?」
「えっ⁉︎    どうするつもりだった? もしも伊織のアパートの方がいいなら俺がそっちに引っ越すよ」

 あのボロアパートではとても宗次郎とゆっくり出来そうにない。
 最近まで毎日朝昼夜関係なく交わっていたんだから、マンションの方がどう考えても防音的にいいだろう。

「宗次郎の家の方が良い……。うるさくしても大丈夫だから……」
「ええ! それってセック……」
「もう! 僕眠くなってきたかも! ごめんね、ちょっとだけ寝るね! おやすみ!」

 大きな声で不埒な事を言おうとした宗次郎を遮って、僕はまた助手席で瞼を閉じた。





 

 
 

 
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