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33. 生き方を変えてみる
しおりを挟む「お疲れ様です。高羽ですけど……、橋下さんいらっしゃいますか?」
デイサービスで電話に出たのは事務長だった。
慌てて橋下さんを呼ぶのが保留音の前に少しだけ聞こえた。
「もしもし! 高羽さん! 大丈夫なの⁉︎ 今どこ?」
「あ、病院に入院してて……」
ものすごく焦った声の橋下さんは、警察から鈴木さんのことで事情を聞かれ、僕が今回の出来事の被害者であることを知らされていたらしい。
僕は財布も荷物も何もないことと、入院の保証人が必要なので仲の良い明に来てもらうようにと頼んだ。
とりあえず職場には連絡が出来たけれど、まだ宗次郎と連絡が取れていない事が気になった。
あの時助けてってLIMEしたのに、宗次郎は何をしてるんだろう?
まさか、LIME見てないのかな?
家に行くって約束したのに……。
まさかナースステーションの電話で余計な私用の電話をするのも気が引けて、とりあえず明が来るのを待つ事にした。
やがて病室のドアがノックされた。
入って来たのは珍しく真剣な顔をした明だった。
「伊織! 大丈夫か? 大変だったな!」
「明、ごめんね」
「何言ってるんだよ。楢原さんには連絡したのか?」
「出来てない。スマホ壊れたんだ」
明は驚いた顔をして、すぐに自分のスマホを差し出した。
「ここから掛けろよ。本当はダメだろうけど、個室だからまあいいだろ」
「え、でもLIMEしか知らなくて……」
「店の方に掛けるんだよ。知ってるんだろ? 店の名前。検索したら出てくるよ」
僕は明の好意に甘えて、ネットで検索してからsoji hairに電話を掛けた。
どんな反応をされるのか、すごく不安になった。
「はい、お電話ありがとうございます。soji hairです」
いつも通りの宗次郎の声は、逆に僕を不安にさせた。
どうしたんだろう?
LIME見てなかったのかな?
僕、拉致監禁されて咄嗟に宗次郎にLIMEしたのに……。
何で平気そうなの?
「……宗次郎? 僕……」
「伊織⁉︎ 今どこ⁉︎ 何で電話もLIMEも繋がんないの?」
「スマホ、壊れたから。今は桜台病院に入院してる……」
「え⁉︎ 入院⁉︎ ちょっと待って! とにかく行くからさ! 何号室?」
僕は病室の番号を教えてから電話を切った。
あの感じ、もしかしてLIME届いてなかったのかも……。
そしたら、僕は約束したのに突然連絡もなくキャンセルしたことになる。
「どうだった? ちゃんと言えたか?」
明が僕の浮かない声を心配してか、気遣った様子で問う。
「うん、なんか僕が悪かったみたい」
「へ? 何だそれ」
事情を聞きたそうな明に、僕は全部話した。
咄嗟に助けを求めたのは宗次郎で、随分心配してると思ってたのにさっきの電話があまりに普通でモヤモヤしたこと。
だけど、もしかしたら僕が送ったLIMEは届いてなかったのかも知れないということ。
そうすると、今度は逆に会う約束をすっぽかしたことになるってこと。
「なんだよ、伊織。やっぱりお前はちゃんと楢原さんのことが好きなんじゃないか。それに咄嗟に思いついたのが親友の俺でもなく、ばあちゃんでもなく楢原さんだったんだろ? それってお前にとっての楢原さんの存在がそれくらい大きいってことだよ」
成る程、そうなのか。
確かにあの時、明に連絡した方が鈴木さんのことを知ってる分スムーズだったはずだ。
もっと言えば警察に通報すれば良かったんだ。
「僕は自分でも気付かないうちにそう思ってたんだね」
そうポツリと呟くと、明はとても優しい顔で僕を見た。
「良かったな。伊織は他人にあまり興味が無いっていうか、人には頼らないってところがあるだろ。自分ばかりが我慢して、相手のことを信用してないところがあったから心配することもあったんだ。だけど、今は人間くさい感情が見えて嬉しいよ」
明はそんな風に考えていたんだな。
僕の、どうしたって上辺だけで生きるところを心配してたんだ。
「でも、人間くさい感情って何?」
「嫉妬したり、他人に助けを素直に求めたり、自分の求めに応じてくれなくてモヤモヤしたり……。楢原さんの事に関しては、毒舌で仮面人間の伊織にも人間くさいところがあるなって」
確かに、最近は感情に振り回される事が増えた。
前は淡々と仮面笑顔でこなしていた仕事だって、心から笑顔を向けている事が増えたのも自覚している。
「その方がいいのかな? 自分のそういう気持ちを相手に伝えてもいいの? 迷惑だったり、嫌われたりしない?」
僕は母親に捨てられてから、ばあちゃんにさえ遠慮して生きてきた。
『僕は忌み子の癖に育ててもらってるんだから』と思い込んでいたところがある。
「まずな、自分から本心をさらけ出さないと相手にはそれが作り物だと伝わるもんだ。俺だって、伊織が他の人間よりは俺のことを信用して心を開いてくれてるのを感じていたけど、それでもまだ遠慮してるなって思ってたよ。もっと弱いところを見せたっていいんだ。弱いところを見せられるのは、相手を信頼してる証拠なんだから」
そうなのか……、自分は一生懸命良いところだけを見せようと努力してきたけれど。
逆に『弱みを見せるほど信頼していない』と言っていたようなものなのか。
「明、ありがとう。よく考えたら確かに明の言う通りだ。もっと自分の気持ちを曝け出して素直になるよ。でも、明のことは本当に信頼してるんだ。これでも……。宗次郎の次に、大事な親友だよ!」
「お前、やっぱり恋人が一番なのか……。まあいいや、友人では俺が一番ってことだもんな。そんな感じで、正直に生きてみろよ」
僕が言った返事に満足気に頷いた明は、入院の保証人となる書類にサインして、少々のお金を貸してくれた。
「また退院の時、金が無かったら言えよ」
「うん、ごめんね。ありがとう」
明のおかげで僕の生き方はこれから随分と変わっていく気がした。
もうすぐ宗次郎が来る。
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