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13. 長年の悩みが解決した日
しおりを挟む「ここ、俺らのおすすめなんですよー。めっちゃハンバーガー美味いっす」
「だよねぇ……」
「高羽さんも来たことあります?」
「新名さんと一緒にね、よく来てたよ」
なんかそんな気はしてたけど、やっぱりこの辺でおすすめのお店って若い男子二人が言うならここだよね。
明と僕の行きつけだった『グッドネイバーズ』。
もしかしたらチャラ男もいるかも知れない。
あれから一度も足を踏み入れていなかったかつてのお気に入りの店に、まさかこんな形で来ることになるとは。
「じゃ、高羽さんも美味いのは知ってますよね」
「あー、腹減ったー」
二人と一緒にボックス席に着くと、とりあえずさりげなくカウンターの方を確認する。
良かった、チャラ男はいつもの席にいない。
いつも毎回違う女連れで来てたから……って、なんでこんなこと気にしなきゃなんないんだ。
「高羽さん、ハンバーガーのセットでいいっすか?」
「ああ、それで」
「今井もそれでいい?」
「うん、それでいいやー。腹減ったー」
三人でメニューを店員に伝えて、取り止めのない話をしていたら突然声を掛けられた。
「伊織?」
こ、この声は……。
この低くて甘い声はきっと……。
恐る恐る振り向くと、やはり……やはりそこには今店に来たばかりのチャラ男が一人で立っていた。
「あー、楢原さん!」
「お疲れ様っすー」
何故か相田さんと今井さんはチャラ男に馴れ馴れしく話しかけている。
「お疲れ様でした。皆さんが一緒にって珍しいね。仕事帰りなの?」
「そうなんですよー」
「もしかして楢原さん、高羽さんと知り合いですか?」
二人がチャラ男に親しげに話しかける中、僕は素知らぬ顔で時間が過ぎるのを待っていたのに、今井さんが……いや、今井が話を振ったから仕方なく愛想笑いを作った。
「ああ、伊織のこの髪俺が切ったの。どう? 似合うでしょ?」
チャラ男はニッコリと笑って、しかも空いていた僕の隣の席にドカリと腰掛けた。
「えー、やっぱ楢原さん上手いなぁ」
「俺もまた切ってくださいねー。伸びてきたんで」
もしかして、二人はチャラ男の店の常連なのかな?
「二人とも、楢原ハナエさんのお孫さんのお店に行ったことあるの?」
僕は精一杯の愛想笑いを浮かべて向かむかいいに座る若い二人に問う。
「ハナエさんが『孫の店には女の客ばかりで男が少ないから行ってやってね』って言うもんだから、俺と相田で行ったんですよ」
「あれ? 高羽さんはハナエさんから誘われてません? あんなに仲がいいのに」
誘われていない。
むしろ、誘われてたとしても上手く流して行ってなかっただろうが……。
「あ、もしかしてハナエさん……」
今井さん……もう今井でいいや、今井がそう言いかけて止まったのを見て相田が補足する。
「高羽さんのこと、女の看護師さんだと思ってたみたいだから声掛けなかったのかも」
「ああ! そう言えば前に『なんで高羽さんは髪の毛を伸ばさないのかねぇ』って言ってた時ありましたね!」
もう嫌だ、こんな女みたいな顔。
若い二人はにこやかに笑っているが、笑い事ではない。
「くくっ……! 伊織は女の子みたいに綺麗だからね」
おい、チャラ男! お前のばあちゃんだ!
「それにしても、高羽さんのイメチェンびっくりしましたよー。でも楢原さんがカットしたんなら納得です。今井とも話してたんですから」
「どうだった? 他の職員の新しい伊織の評判は」
そう相田に問うチャラ男は、完全に悪い顔をしている。
やめてくれ、面倒くさいことを言ってくれるなよ。
「えーっと……、女の子たちは『高羽さん、あんなにイケメンだったんだぁ! 狙っちゃおう』、男どもは『男なのが勿体ない』って騒いでましたよ!」
「それに、今日の高羽さんの雰囲気っていつもより柔らかくて。皆がいつもより声を掛けやすかったから仕事もスムーズにまわりましたよね⁉︎」
おい、相田と今井。
頼むからそれ以上喋らないでくれないか。
今井が同意を求めるように、キラキラした瞳で僕の方を見ている。
「まあ……、いつもよりは職員同志の意思疎通が上手くいった気がする……かも知れない」
このチャラ男の前で仕事話をしたくはないし、僕が普段どれほど険しい顔をしていて、介護士たちとの意思疎通が難しいかということを露呈されているようで気まずい。
デイサービスの看護師は看護師の仕事を一生懸命に真面目にやろうとする程に、介護士たちとの軋轢が生まれやすいかということを今の職場で嫌というほど知った。
そもそも異業種なんだから見ている方向が違うのに、同じことを毎日協力しているもんだから揉め事も起こりやすいんだ。
それを僕は自分一人が人の何倍も動いてカバーすればいいと思っていたから、自然と顔が険しくなって介護士との距離も開いていったのかも知れない。
「僕らもつい看護師さんの高羽さんには頼り切って、おんぶに抱っこになりがちだから。これからはもっと声を掛け合って協力しましょ!」
「そうだそうだ、高羽さんもデイサービスの仲間ですからねー」
若い二人に何故か励まされて、僕はそっと隣のチャラ男を見た。
チャラ男は何にも言わないけれど、ニコニコ笑って相田と今井の話を聞いていた。
「僕も、これからはもっと自分から介護士さんたちに歩み寄るようにするから。色々助けてくれると嬉しい。よろしくね」
何故だろう、何故こんな話になったのか。
分からないけど、長年積もり積もっていた悩みが今日解決した。
何度も明に相談したけど、結局は自分が変われなくて解決しなかった悩みは、自分から変わることでこんなに上手くまわるようになった。
「じゃ、今日はとことん飲みますか!」
相田と今井はテンション高く宣言する。
明日は祝日でデイサービスは休みだし、僕もたまには飲んで帰ろうと何故かチャラ男も含めて四人で飲むことになったんだ。
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