29 / 32
29. その名を理解できたのは私だけですわ
しおりを挟むラガルド王国とブーランジェ王国の会談の場は、初めは両国ともに緊張感が拭えませんでした。
しかしブーランジェ国王陛下となったヒューバート様が差し出されたお茶を飲んだ後に思わずといったような小さな声で呟かれたのです。
「イライザ……。」
そしてすぐにフッと微笑まれたことで、急に場が和んだのです。
先程の呟きは私以外には誰にも理解出来ないほどに唇の動きだけのようなもので。
それでも久方ぶりの名を呼ばれて、あの日刺された胸の辺りが傷んだような思いがしましたので、つい胸に手をやりました。
「国王陛下、いかがなされたか?」
ヒューバート陛下の反応を見た殿下が、不思議そうな表情で尋ねられましたわ。
「いや、このハーブティーがとても懐かしい味がしたもので……。この茶葉は一体どうなされたのかな?」
「そうですか。このハーブティーは我が妃がブレンドしたもので、心を落ち着ける効果があるそうです。どうしてもこのような場では両国とも緊張しますから、少しでも和ませられるようにとの配慮から準備いたしました。」
私がブーランジェ王国でいた時に、心を落ち着かせたい時や気が昂っている時によく飲んでいたお茶でした。
以前はヒューバート陛下もお好きだったので、少しでも両国の話し合いがスムーズにいけばと思い準備したのです。
「そうですか……。皇太子妃殿が。確か妃のお名前はタチアナ殿とおっしゃったか……。」
先ほど呼ばれた名前とは違って、ヒューバート陛下のお口から今の私の名が呼ばれました。
「はい、タチアナと申します。陛下。」
ただこれだけの言葉のやりとりだというのに、私の胸は過去の思い出に締め付けられるような痛みで、瞳に涙の膜が張るような感覚がしましたので、目を伏せる仕草で誤魔化すしかなかったのです。
「セドリック殿、以前の即位の祝いの品としていただいた塩といい、今日のこのような歓迎をありがたく思う。そして、これから両国間での国交正常化に向けてこちらとしても全力で歩み寄るとしよう。」
「陛下、ありがとうございます。」
それからはラガルド王国としては毛皮の輸入と、今後は木材や鉱石なども輸入したいということを。
そしてブーランジェ王国側からは他国への貿易のために港を一つ使用したいということ、それに塩の輸入をしたいということが挙げられましたのよ。
ひとまずは両国の国境が開かれて国交正常化に向けて前進したことを、セドリック殿下も、ヒューバート陛下も大変お喜びになられておりました。
「毛皮や塩の事など、セドリック殿はよくブーランジェ王国のことを理解しておられるようだ。」
「実はどちらも我が妃の案なのです。妃は勉強熱心で、貴国のこともよく理解しているのですよ。お恥ずかしながら、無知な私が妃に色々と進言してもらって、今日の会談を迎えられたのです。」
「殿下、そのようなことはございませんわ。私はほんの少し手助けしただけでございます。」
殿下は包み隠さず私のことをヒューバート陛下にお話するものですから、私は恐縮してしまいました。
「これから我がブーランジェ王国は、セドリック殿とタチアナ殿を中心としたラガルド王国との国交を平和的に進め、一番の友好国となるであろう。」
「国王陛下、何よりのありがたいお言葉です。」
セドリック皇太子殿下と私は揃ってお辞儀をしてヒューバート陛下に敬意を表しましたの。
そして、ヒューバート陛下は自国へとお帰りになられました。
12
お気に入りに追加
502
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!
翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。
「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。
そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。
死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。
どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。
その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない!
そして死なない!!
そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、
何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?!
「殿下!私、死にたくありません!」
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
※他サイトより転載した作品です。

【完】お義母様そんなに嫁がお嫌いですか?でも安心してください、もう会う事はありませんから
咲貴
恋愛
見初められ伯爵夫人となった元子爵令嬢のアニカは、夫のフィリベルトの義母に嫌われており、嫌がらせを受ける日々。
そんな中、義父の誕生日を祝うため、とびきりのプレゼントを用意する。
しかし、義母と二人きりになった時、事件は起こった……。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
踏み台令嬢はへこたれない
IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」
公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。
春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。
そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?
これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。
「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」
ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。
なろうでも投稿しています。

【コミカライズ】今夜中に婚約破棄してもらわナイト
待鳥園子
恋愛
気がつけば私、悪役令嬢に転生してしまったらしい。
不幸なことに記憶を取り戻したのが、なんと断罪不可避の婚約破棄される予定の、その日の朝だった!
けど、後日談に書かれていた悪役令嬢の末路は珍しくぬるい。都会好きで派手好きな彼女はヒロインをいじめた罰として、都会を離れて静かな田舎で暮らすことになるだけ。
前世から筋金入りの陰キャな私は、華やかな社交界なんか興味ないし、のんびり田舎暮らしも悪くない。罰でもなく、単なるご褒美。文句など一言も言わずに、潔く婚約破棄されましょう。
……えっ! ヒロインも探しているし、私の婚約者会場に不在なんだけど……私と婚約破棄する予定の王子様、どこに行ったのか、誰か知りませんか?!
♡コミカライズされることになりました。詳細は追って発表いたします。
【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。
くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」
「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」
いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。
「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と……
私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。
「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」
「はい、お父様、お母様」
「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」
「……はい」
「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」
「はい、わかりました」
パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、
兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。
誰も私の言葉を聞いてくれない。
誰も私を見てくれない。
そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。
ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。
「……なんか、馬鹿みたいだわ!」
もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる!
ふるゆわ設定です。
※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい!
※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ!
追加文
番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる