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24. 本当に本当ですの?嘘じゃないですわよね
しおりを挟むアドリエンヌは生垣に使われているイヌバラに肥料をやったり、ハーブの収穫をしたりと使用人たちと一緒に忙しなく動いていた。
「アドリエンヌ嬢、ご一緒にお茶でもいかがですか?」
いつかの日のように、アレックスはアドリエンヌを休憩に誘った。
「アレックス様!もちろんですわ。今日はお早いのですね。まだ午前中の執務のお時間では?」
「ええ、まあ。ちょっとした悩みが解決したので嬉しくて。良ければ僕の話を聞いてくれますか?」
「それでは、以前と同じガゼボでお茶にしましょう。今度は私がローズヒップティーを淹れますわ。」
そう言って、二人は使用人に支度をするように伝えてハーブや小さな花が咲く庭園をゆっくりと進んだ。
以前はアレックスが淹れていたローズヒップティーを、今日はアドリエンヌが注ぐ。
「私も練習しましたの。お味はどうかしら?」
「とても美味しいです。貴女は本当に努力家なんですね。」
普段と違ってなんだか甘い雰囲気のアレックスにアドリエンヌはそっと胸を押さえた。
「なんだか、今日のアレックス様は普段よりも素敵に見えます……。」
「貴女は十分初めて会った時から美しい令嬢でしたよ。」
頬を染めて言葉を紡ぐアドリエンヌに、アレックスは言葉を返した。
突然の普段と違った物言いにアドリエンヌが目を瞠ると、アレックスは続けた。
「それに、とんでもなく積極的で何にでも一生懸命で、僕が戸惑うほどに距離を詰めてくる。それでも……そんな貴女を愛しく想って、最近ではすぐに目で追ってしまう自分に大変困っているのです。」
アドリエンヌは想い人からの思いもよらない告白に驚いたのか、自分の淹れたローズヒップティーの入ったカップを片手に持ったまま固まってしまった。
「あの、それは私を番いと認めて下さると言うことですの?」
恐る恐る問えば、アレックスは困ったように眉を下げてその黒曜石のような瞳でアドリエンヌを見つめながら答えた。
「そうですね、人間で言えば婚約を結んで欲しいとお願いするところですね。アドリエンヌ嬢、僕と婚約を結んでいただけますか?」
そう言って、アレックスは胸のポケットから小さな小花がたくさんデザインされた髪飾りを出してアドリエンヌの方へ差し出した。
この髪飾りは少し前に視察で訪れた領内の宝石店で買ったもので、決して高価な物ではない。
それでも、伯爵家の領地のために奮闘しているアドリエンヌに礼がしたいと思ったアレックスが買い求めた物であった。
「アレックス様……。これは嘘ではないですわよね?あとでそのようなことを言われましても、私は聞き入れませんわよ。」
瞠目したアドリエンヌは、身体の前で組んだ震える手をもう片方の手で強く押さえ込んでいる。
「嘘ではありません。貴女をいつまでもただの友人にしておくのは早くから嫌だったのです。ですがなかなか人間を捨てて吸血鬼になる勇気が持てませんでした。貴女のように高貴な方には薔薇の細工の方が相応しいのかも知れません。ですが、このフルノー家に咲く小花のように可憐な花もよくお似合いだと思うのです。」
自嘲するような笑みを浮かべたアレックスはアドリエンヌの震える手を取り、髪飾りを乗せた。
「吸血鬼になる勇気がないなどと臆病なことを言った僕に、父が後押ししてくれたんです。そんな不甲斐ない僕はお嫌ですか?」
アドリエンヌは、震える唇で何とか答えようと言葉を紡いだ。
「いいえ、いいえ……!アレックス様、貴方のことを不甲斐ないなどと思ったことはありません!吸血鬼である私のことを結局は受け入れてくださいました。あの時、初めて吸血行為をした日も私のことを助ける為に勇気を出して下さったわ。それだけで私は貴方のことを強く優しいお方だと思っていますのよ。」
そう言って微笑んだアドリエンヌは紅い瞳を潤ませて、少しだけ苦しそうに胸を押さえながら悩ましげな吐息を吐いた。
「お願いします。せっかくですから、アレックス様が着けていただけますか?」
アレックスはそっとアドリエンヌの銀の髪に触れ、小花の髪飾りを挿した。
髪に触れた時、アドリエンヌはホウッと悩ましげな息を吐いたが、決して血を吸いたいとは言わなかった。
「どうですか?似合いますか?」
その紅い双眸に涙を溜めてアドリエンヌは微笑んだ。
「はい、とても。もしかして、今も吸血衝動を堪えているのですか?」
このような状態のアドリエンヌは以前に初めて吸血行為をした時と同じだった。
それでアレックスはアドリエンヌがその衝動を堪えているのだと分かったのだ。
「アレックス様があんまり嬉しいことをなさるものですから、堪えるのが辛くて……でもなんだかそれすらもとても嬉しいのです。二回目の吸血行為は貴方を吸血鬼に変えてしまうかも知れませんわ。ですから、もう少しロマンチックな場面で行いたいのです。」
頬を真っ赤に染めて恥じらうアドリエンヌに、アレックスは愛しいという気持ちが溢れんばかりになり、そっとその華奢な身体を抱きしめた。
「分かりました。それでは今夜二人で星を見に出掛けましょう。特別な場所があるんです。そこで僕を吸血鬼にしていただけますか?」
耳元で囁くような愛しい番いの低い声に、アドリエンヌは何度も頷いた。
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