5 / 40
5. いや、来なくていいです
しおりを挟む「はあ?アドリエンヌ嬢?」
薄暗い室内で必死に目を凝らしてアドリエンヌを見つめるアレックスは、寝ぼけて回っていない頭をフル回転しているのか暫くは呆然としていたが、そのうち状況を理解して顔を赤らめたり青ざめたりしている。
「ごきげんよう、アレックス様。実はアレックス様にお話したいことがございますの。それで、夜明けを待ちきれずにお邪魔した私の失礼をどうかお赦しくださいませね。全ては貴方への深い愛が故なのですわ。」
アレックスは目を両手で塞ぐようにしながらアドリエンヌに答えた。
「何故!何故服を着ていないのですか!」
アレックスの部屋にあった掛布だけを身に纏ったアドリエンヌの方をまともに見るまいとする番いの男を、アドリエンヌは妖艶な笑みを浮かべて見つめている。
「失礼いたしました。アレックス様は私の運命の番いですから、私の秘密からお話しなければなりませんわね。」
「はあ?運命の番い?」
「仰る通り、番いですわ。私の秘密に関しては口で言うより見た方が早いですわね。」
そう言ってアドリエンヌは再び蝙蝠へと姿を変えて、アレックスの周りをパタパタと飛翔してみせた。
「人間が……蝙蝠に……。」
アレックスは信じられないものを目にして口をポカンと開けたまま、その視線は飛翔する蝙蝠を追っていた。
そのうちアドリエンヌは蝙蝠から人の姿へと戻ると、その裸身にさっと掛布を纏った。
「……ということで、私実は吸血鬼なんですの。ですから姿を自由に変えられますし、割と凄い能力もたくさん持ってますのよ。」
「そ、それで……僕の自室にアドリエンヌ嬢が忍び込んだ理由は?」
アレックスは頬を染め目を覆いながらアドリエンヌの方は見ないようにして、ひとまず疑問に思ったことを口にする。
「私たち吸血鬼には、『番い』を持つ者達もいるのですわ。番いを持った吸血鬼は匂いで自分の番いを見つけるのです。そしてまさにアレックス様は私の番いなのですわ。」
「……吸血鬼という種族がこの国に居たとは知りませんでした。他国には吸血鬼やら狼男やら魔女やら、様々な種族が集う国もあるとは聞いたことがあります。しかし、番いというのは聞いたことがありません。」
もっと狼狽えるかと思えば意外にも冷静に受け止めた様子のアレックスに、アドリエンヌはホッと肩の力を抜いたのであった。
「その通りですわ。私たちシャトレ家はお父様の代からこの国に渡ってきましたの。そしてご存知かも知れませんが没落した領地を再興し、その功績が讃えられて国王陛下から侯爵の位を賜りましたのよ。そして、番いを持つ吸血鬼は種族の中でもごく一部なのです。ですから、人間であるアレックス様がご存知なくとも仕方がないことですわ。」
「それで、僕が貴女の番いであるからどうしろと言うのですか?」
思いの外すんなりと事が運びそうな展開となり、アドリエンヌは満足気に微笑んでから答えた。
「アレックス様は私の番い。ですから私と婚約を結んでいただきたいのです。そして、いずれは同じ吸血鬼として私と共に生きていただくことを切に望んでおります。」
アレックスはアドリエンヌの話す言葉を最後までじっと聞いてから、即答した。
「ごめんなさい。嫌です。」
即刻の拒絶にアドリエンヌは暫し動きを止めたが、しかし怯む事はなかった。
元々すぐに手に入れられるとは思っていない。
いくらアドリエンヌが『貴方が番いだから』とどれほど熱く語っても、人間であるアレックスがアドリエンヌのことを番いだと認識することはないのだから。
「まあまあ、そんなにすぐ答えを出さなくてもよろしいのですよ。これから徐々に距離を縮めていけば良いのですから。今日は出来ればご挨拶までと思いまして。また参ります。」
「いや、来なくていいです。」
アレックスは自分の気持ちを他所にどんどんと話を進めるアドリエンヌに遠慮なく拒否の言葉を投げかけた。
「それでは、また近々お会いする日まで。ご機嫌よろしゅうございます。」
アレックスの拒否はアドリエンヌには聞こえたのか聞こえなかったのか、どこか上機嫌な様子のアドリエンヌはパッとまた蝙蝠に姿を変えて屋根裏へ、そして外へと飛び出していった。
「何だったんだ……一体……。」
すっかり目が冴えたアレックスは、蝙蝠に姿を変えたアドリエンヌが通った天井の穴をじっと見つめるのであった。
1
お気に入りに追加
857
あなたにおすすめの小説
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜
本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」
王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。
偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。
……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。
それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。
いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。
チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。
……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。
3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑
岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。
もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。
本編終了しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる