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最終話
しおりを挟むジリジリと焼け付くような日差しとコンクリートの照り返しに、車を降りるなり汗が噴き出した。
大小様々、形も様々なお墓がずらりと並んだ霊園に私達は訪れている。
「いっちゃん、お墓どれだっけー?」
「もうちょっと先だよ。向こうの端から数えて三つ目」
涼しげな水色の襟付きワンピースを着て、真っ白な透かし編みの帽子を被ったカナちゃんは、サンダルでパタパタと駆けて行ってしまう。
五歳にもなると自分一人で何でも出来ると思うのか、それとも大人の真似をしたいのか、何でも一人で出来ると言って挑戦したがる。
カナちゃんに遅れをとって私と勇太がバケツと柄杓の準備をし、小さな背中を追いかける。
ここは見通しの良い静かな霊園だから、カナちゃんの姿を見失うような事は無い。
「いーち、にー、さーん! ねぇ、これ?」
他と比べるとまだ真新しいお墓の前で、カナちゃんは墓石を指差す。早く来てというように、足踏みして待っている。
「そう、それだよー」
バケツを片手に通路を進む。
目につくほとんどのお墓に新しい花が供えてあった。お盆の時期になると皆がお参りに来るから、霊園は色とりどりの花で飾られていて、人の姿もちらほら見える。
カナちゃんが待つお墓の前に到着すると、カラカラに枯れた花の一部がポキリと折れていた。
近頃は暑いからすぐに枯れてしまうと嘆いていた母を思い出す。
「俺、花立てを洗ってくるよ」
「ありがとう」
枯れた花を花立てから抜くと、筒の中にとっくに水は無くてカラカラだった。古い花を新聞紙に包むと、勇太は花立てを持って水道の方へ歩いて行った。
「私がやりたい!」
「いいよ、そしたらここをお水で洗ってくれる?」
「はーい!」
柄杓を使って水鉢に冷たい水を注ぎながら、カナちゃんは小さな手でゴシゴシと汚れを擦った。やがて綺麗な水で満たされた水鉢に、カナちゃんは満足げに笑う。
「あ! 私がお花を入れたい!」
「じゃあこれをここに入れてね」
ステンレス製の花立を墓石にセットして、持って来た花を一束ずつ差し込んだ。
今日一緒に来るはずだった母が選んだ花束には、大きな白い百合が組まれている。
花粉のある雄蕊の先をきちんと切ってある豪華な百合は、お嬢さん育ちの母らしいセレクトだと思った。
しかし百合は他の小さな花々を押し退けるように咲いていて、自己主張が非常に強い。まるで生前の姉のようだと思うと、何となしに口元が緩んだ。
「はい、蝋燭とお線香に火を点けるからね。これはカナちゃんでは危ないから勇太にしてもらおう」
勇太が蝋燭と線香に火を点ける。それをお供えしてから三人でお墓に向かい手を合わせた。
「あ! カナちゃん、違うよ」
満面の笑みで初詣のように手を叩こうとするカナちゃんに気付いた勇太が、慌てて止める様子が微笑ましい。
「私といっちゃんとゆうちゃと、バァバとジィジが幸せに暮らせますように……」
姉のお墓に向かってそうお願い事をするカナちゃんの横顔は至って真剣だ。本来、お墓参りで願い事をするのは良くないのだろうけれど。
しかしカナちゃんの語る素直な気持ちに、私も勇太も胸がいっぱいになって注意など出来なかった。
「カナちゃん、帰ろうか」
「うん。私、今日もゆうちゃのお子様ランチ食べたいなぁ」
「それは嬉しいけど。今日も? 余程カナちゃんはお子様ランチが好きなんだね」
「だって可愛いし、おいしいもん!」
そこかしこに供えられた花々にも負けないくらいに、パッと花開くカナちゃんの笑顔。私にとっては光り輝く宝だ。
思わずつられて笑顔になってしまうような魔法に、私は何度も助けられてきた。
夏の陽射しの下、玉のような汗を額に浮かべて前髪がじんわり湿っているカナちゃんの顔を柔らかなタオルで拭いてやる。
その後自分の顔を拭くふりをして、汗に混じって頬に流れ落ちる涙を拭った。
「いっちゃんはこっち。ゆうちゃはこっち!」
「はいはい」
駐車場への道のりは、カナちゃんのリクエストによって三人で手を繋ぐ。真ん中にカナちゃん、両端に私と勇太が並ぶ。
カナちゃんの手が前より少し大きくなった事に気づいた私は、嬉しいのは勿論、どこかくすぐったいような気持ちになる。
カナちゃんがいつまで私達と手を繋いでくれるのか分からないので、今はその温もりをしっかり覚えておこうと思う。
「ねぇねぇ、いっちゃんとゆうちゃみたいな時計、私も欲しいなぁ。だってそれ、『仲良しのシルシ』なんでしょ?」
私と勇太が腕に嵌めたペアウォッチを見比べて、カナちゃんはブウと唇を尖らせた。前に聞かれた時にそう答えたのをちゃんと覚えていたようだ。
「カナちゃんが大きくなったら三人でつけようか」
相変わらずカナちゃんに甘い勇太は、そんな事を気軽に提案する。これで何度玩具が増えたか分からない。
言った後でチラリと私の方を見て、「いいよね?」と縋るように合図を送ってくる事を忘れないので、私は「仕方ないなぁ」という風な表情で頷いてみせた。
「やったー! 約束だよ!」
「うん、約束」
「三人で仲良しのシルシだね」
嬉しそうに息を弾ませ、そう宣言するカナちゃん。
「うーれしいーなぁー」
自作の鼻歌まじりに歩くカナちゃんは、また少し背が伸びたようだ。
そんなカナちゃんを挟んで、私と勇太はふと視線を交える。
「可愛いね、カナちゃん」
「そうだね」
二人してそう言い合うと、自然に笑みが溢れる。そしてこの奇跡のような幸福を噛み締めたのだった。
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びっくり‼️えっ⁉️(・・;)!
いっちゃん💦
すっかり騙された?私だけ?
くまきち様、感想ありがとうございます❀.(*´◡`*)❀.
ふふふ
騙されてくれて、良かったです(●´ω`●)
毎回、楽しみにしています。読むたびに謎が深まるばかり、頑張れ、いっちゃん。
くまきち様、感想ありがとうございます❀.(*´◡`*)❀.
読むたびに謎が深まる……というのは最高に嬉しい褒め言葉です✨
それに主人公伊織を愛称で応援してくださって、心が温まりました。
宜しければ最後までお付き合いくださいませ。
ありがとうございました!
いいね!!
コメントありがとうございます❀.(*´◡`*)❀.
宜しければ最後までお付き合いください。