かわいい猛毒の子

蓮恭

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48. ささやかな幸せ

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 マンションに帰ると、勇太は落ち着かない様子でウロウロしながら待っていてくれた。
 新一に会うと言って出て行ったはずが、続いて同僚が襲われたと急にDMが届いたのだから驚いただろう。
 リビングに足を踏み入れた私の姿を見るなり、急ぎ駆け寄ってくる。
 
「伊織! 大丈夫⁉︎」
「私が怪我した訳じゃないよ。今から順番に話すから待って、ほら落ち着いて」
 
 まずはソファーに座るよう促して、これまでの事を洗いざらい話した。
 この人には隠し事も嘘もつきたくないから。

 全てを話し終えた時、勇太は杏奈が逮捕されるまでは私やカナちゃんに危険が及ぶのでは無いかと心配した。それは確かに尤もな心配ではあるが、仕事を休む訳にはいかない。
 
 考えた結果、流石に今の職場はバレていないはずだし、カナちゃんの送迎時には十分に気をつける事を約束した。
 それに、今後の買い物は勇太がしてくれると申し出てくれたのでお願いする。

 心配性の勇太は、そこまでしてやっと大きく息を吐き出し、身体を弛緩させたのだった。
 
 
 
 翌日、両親との約束通り勇太を実家へと招待した。
 まさか実家にまで杏奈が来ているとは思えないが、念の為しっかりと玄関の鍵を閉めた。

 母の案内で父とカナちゃんの待つリビングに向かう。
 玄関先で初めて勇太を見た母は、まずその逞しい身体つきに驚いたようだ。しかし意外にもその後は和やかな様子で次々と勇太に話し掛けている。
 
「伊織は私に似て華奢に育ってしまったの。せっかく男の子に生まれたのだから、宮部さんみたいに逞しい身体なら良かったのですけれど」
「いや、俺……僕は鍛えるのが趣味ですから」
「まぁ、それじゃあスポーツジムに通われているの? 伊織も一緒に通ったら少しは逞しくなるかしら?」
「母さん、私はカナちゃんを見てるからジムなんて無理だよ。それに、別に困るほど華奢じゃないし」
 
 母親の世間知らずで時折無神経に思える会話にも、勇太は嫌な顔ひとつせずに接してくれた。

「こちらにカナちゃんがいるわ。どうぞ」
 
 母に促されて私と勇太がリビングに足を踏み入れると、父とカナちゃんが楽しそうに笑いながらソファーで寛いでいた。
 
「あ! いっちゃんとゆうちゃ! お迎え来てくれたの?」
 
 カナちゃんの言葉から、実家はカナちゃんの遊び場であって、帰るところはあのマンションだと思ってくれているのだと分かる。
 そしてどうやら父もそう悟ったらしく、少しだけもの悲しそうな、苦い顔をしていた。
 
「はじめまして。本日はお時間を頂き、ありがとうございます。伊織さんのお父さんとお母さんは甘い物がお好きと伺ったので、よろしければ……」
 
 いつもより緊張した声で挨拶をする勇太は、美味しいと評判の和菓子をそっと父の方へと差し出した。

 両親はどこかぎこちない動きで私達に席をすすめ、四人で向かい合って座る。
 カナちゃんはその異様な雰囲気を察したのか、隣の部屋へ走って行ってしまうと、積み木を使って一人遊びを始めた。
 
「伊織さんと交際させていただいております。宮部勇太と申します。ご挨拶したいと思いつつ、今日まで遅れてしまって申し訳ありません」
 
 このような口上で始まり、そのうち両親が勇太に色々と質問したりするようになると、ハラハラする場面も多々あった。
 勇太の生い立ちや経歴に、両親が何か失礼な事を言うのではないかと心配になったからだ。

 けれど想像していたよりも両親共に勇太に対しては友好的で、私としては拍子抜けしてしまったところもある。
 カナちゃんが勇太に懐いている事が一番の決め手だったのかも知れない。

 終始和やかなムードで時間が過ぎていき、最後に父がカナちゃんと私の事に関して、「感謝している」と勇太に対して頭を下げた。
 そして勇太はそんな父に恐縮しながらも、はっきりと自分の気持ちを述べる。

「こちらこそ、伊織さんとカナちゃんには生きる活力を頂いてます。どうかこれからもよろしくお願いいたします」

 頭を下げた勇太に合わせて、私も頭を下げる。

「父さん、母さん。ありがとう」


 
 実家を出る時、カナちゃんは両親に「バイバイ、また来るね」と手を振り、こちらを向いたかと思うと「帰ってゆうちゃの作ったお子様ランチ食べようねー」と笑顔を見せた。

 そんなカナちゃんを見た両親は、また勇太に深々と頭を下げる。勇太の方もかなり覚悟して今日を迎えたというのに、思いの外私の両親からの温かい歓迎を受けて、一気に脱力したようだ。
 
 姉の事は、結局両親に話す事が出来なかった。
 
 けれども今後どうなるのか分からない状況で、不確かな事を言う訳にはいかない。
 それに、もう少しめぐみ医院の事を調べる必要がある。姉がどうやって患者を手にかけていたのか、それも姉の口から聞いただけで、確かな証拠を何も得ていない。
 
「いっちゃん、バァバとジィジと遊ぶの楽しかったよぉ」
「そう? 良かったね」
 
 マンションへと帰るなり、カナちゃんが急に勇太と私に甘えるようにくっついてくる。
 
「うん。この青い服可愛いでしょ? また今度遊びに行こうねぇ!」
 
 そう言うと、リビングの空いたスペースでスケーターのようにくるくる回りはじめるカナちゃん。
 しばらく回るとカナちゃんはフラフラしながらクッションに倒れ込んだ。

「目がくるくるするー……」

 こちらへ不調を訴えつつもブウと唇を尖らせて、カナちゃんは盛大な顰めっ面を披露した。
 どんな時にも表情が豊かなカナちゃんは、とても可愛らしいと心底思う。

「ねー、いっちゃんもゆうちゃも、ここにネンネして」
 
 勇太と私は顔を見合わせ、カナちゃんが与えてくれるささやかな幸福の時間に感謝した。




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