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28. 潜入、面接へ
しおりを挟む翌日、早速カナちゃんを保育園に預けた後に、姉の勤めていた病院へ面接を申し込む。
後日になるかなと思っていたけれど、余程人手が足りないらしく「すぐに面接に来てくれ」との事だった。
準備しておいたスーツに着替えて、約束の時間の十五分前には駐車場に到着した。少し前まで私が勤めていた総合病院は入院ベッド数が四百床近くあったのに対し、この『めぐみ医院』はベッド数十九床の診療所だ。
診療科目は内科、小児科、整形外科、リハビリテーション科となっている。
午前十一時、駐車場にはそこそこ外来患者の車が出入りしている。
面接に来た旨を受付へ告げると、待合室で待つように言われた。
五十年前からこの場所にあるという診療所は、改装の跡はあるもののどこか古びた薄暗い内装で、全体的に陰気な雰囲気が漂っている。
ガラス部分を見るに院長の出身医局から寄贈されたらしい年代物の振り子時計は、やけに大きい音で時を刻んでいた。
チラリと周囲を窺うだけでも、前の勤め先とは全く勝手が違うと分かる。
待合室の壁に貼られた色褪せがひどい薬剤のポスターが、十年以上前の随分と古い情報を自信満々に知らせてくるのも目についた。
診察を待つ患者は皆常連のようで、お茶会でも始まったかのようにペチャクチャと大声で会話をしている。
「神崎さん、こちらへどうぞ」
ワンピースタイプの真っ白なナース服、白いタイツにナースキャップというクラシカルな出立ちの中年看護師が私を呼んだ。
今時少なくなったこのスタイルにも衝撃を受けたが、待つように言われたのは検査室の一角で、見た事がないような古い型式の機械が多く並んでいる。
「どうもどうも、こんにちは。私が院長の恵と言います」
現れたのは白衣を着た六十代ほどの男性で、頭頂部と額の髪の毛が細く薄い事と黒縁の四角い眼鏡、上から下まで不躾にこちらを値踏みするような視線が特徴的だった。
「この度はお時間をいただきありがとうございます」
「いやいや、とにかく人手が足りずに困ってるんですよ。急な面接ですみませんね。まぁその辺に座って」
院長はそう言いながら、持参した履歴書と私の顔とを見比べるようにジロジロと見ている。
特に学歴と職歴のところを念入りに見ているようだ。
腕には見せつける為にあるような金ピカの有名ブランド腕時計、脚を組んだ横柄な態度はいかにも昔ながらの開業医といった風情だ。
「ははぁ、新卒からずっと総合病院の内科病棟に勤めていたと」
「はい」
「それで、何故パート希望なのかな? 子育て中の母親でもあるまいし、こっちも正社員の方が助かるんだけど。正社員ではダメなんですか? 何か深い理由でも?」
思いの外高圧的な態度で根掘り葉掘り聞かれて驚いたが、ある程度予測していた質問だったので前もって準備をしていた文言で答えた。
「家族の介護をしている都合で夜勤が出来ません。それで日勤のみのパートを希望しています」
顎に手をやってから考える素振りをする院長は、目を眇めてこちらの様子を窺っている。
この雰囲気のまま外来診察を行なっているのならば、自分が患者の立場だとしたら二度と来ないだろう。
「なるほど。ま、よろしいでしょう。ではいつから来れますか? こちらとしては早速明日からでもいいんですけどね」
大した記載もない履歴書をじっくりと見つめるふりをして勿体ぶった割には、すぐにでも人手が欲しいようだ。
「あ……、では明日からでも大丈夫です」
「そうですか。じゃあ外来の師長を呼ぶから、あとはその人に聞いてください」
「ありがとうございます」
院長は履歴書を持ってさっさと検査室を出て行った。入れ替わりに五十代くらいのぽっちゃりとした看護師が入室し、愛想よく自己紹介をする。
「どうもこんにちは。外来の師長をしてます、浅野といいます。えっと……神崎伊織さんね。ユニフォームは何か持ってる?」
「一応、あります」
「じゃあとりあえず……ユニフォームを注文して届くまではそれでお願いします」
それから浅野師長は早足で病院内を案内した。
待合室と受付、処置室に診察室、リハビリ室、休憩室、そして病棟に各種検査室。
どこもかしこも古めかしい雰囲気が見受けられ、総合病院の明るくて機能的な外来とは全く印象が違う。よく言えばアットホームでレトロ、はっきり言ってしまえばボロくて時代遅れの設備だった。
「明日から早速外来で働いて貰う予定なんだけど、神崎さんはパートを希望されてるのよね? ちょっと残念だわぁ。総合病院に勤務していたなら、バリバリ正社員で夜勤が出来そうだと思ったのに」
小首を傾げて眉をハの字にした浅野師長は、嫌味に聞こえない程自然にそう言った。
確かについ最近まで総合病院で正社員として働いていた私が面接に来たとなれば、夜勤が出来る人材だと期待されてもおかしくはない。
院長にしてもこの浅野師長にしても、思った事を正直に口に出す性格のようだ。
「すみません。家族の介護をしているものですから」
「そうなの。それなら仕方ないかぁ。それで総合病院を退職したのね。じゃあとりあえず明日は八時半に来てください。パートさんは十二時半までの勤務で、さっき会わなかった他のスタッフにはまた明日紹介して回ります」
「分かりました。ありがとうございます」
職員用玄関やタイムカードの場所、ロッカーの位置などはさっき教えてもらった。
今日挨拶できたのは事務員三人と病棟勤務のスタッフ二人で、私と同い年くらいで派手な風貌の井川と小柄で大人しい大山という看護師だ。
二人ともこの診療所に勤めて長いらしい。
特に井川という看護師は初対面なのに馴れ馴れしく話しかけてくるほどおしゃべりな様子だったから、色々と話が聞けるかも知れない。
とにかく明日からここで姉の秘密を探る事になった。
愛想のいい浅野師長も、気のせいかどこか胡散臭いような、信用できないところがある。
姉とは苗字も違うし顔も似ていないと言われるから、身内だとバレる事はまずないだろう。
駐車場の車へと戻り、エンジンをかける。知らず知らずのうちに肩がガチガチに強張っていた。
首と肩を回しながら、車の窓を通して何となく医院の外観を見上げる。
一階から二階へ目をやると、恐らく病棟のナースステーションにあたる部分の窓から、井川らしき人物が駐車場を見下ろしていた。金髪に近い、派手な髪色は間違いない。
表情や目線までは分からないが、確かにその顔と身体は窓の外を向いている。
まさかこちらの様子を見ているのではないと思うが、居心地が悪くてすぐに車を駐車場から出した。
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