かわいい猛毒の子

蓮恭

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14. 姉の行方は

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 翌日、夜勤入りの前に実家に寄り、母に自分がカナちゃんを預かるという事を伝えた。
 
「そう、助かるわ。昨日は伊織にああ言ったものの、里子に出すのも外聞が悪いし、どうしようかと思っていたのよ」

 聞くに耐えかねるほど自分本位な母の言葉にも、努めて冷静を保つ。カナちゃんの事を思えば、この母から離れるのは正解だったとつくづく思う。

「でも、あなた仕事は大丈夫なの? 夜勤だってあるじゃない」
「これから仕事は日勤だけにするから。大丈夫」
「あらぁ、そうなの。詩織が元気になったらまた状況が変わるかも知れないけれど、お母さんもお父さんももう限界なのよ。ストレスは溜まるし、体は痛むし。年には勝てないわねぇ」

 私が預かると聞いてホッとしたのか、普段よりも饒舌になる母をぴしゃりと遮り、新一の電話番号を聞く。これまでは必要が無かったし、あまり関わりたく無かった事もあって、私は新一の連絡先を知らなかったからだ。
 
 今カナちゃんはお昼寝をしているらしいから、適当に理由をつけて車の中で電話をかける事にした。
 これからする私と新一の会話を、母には決して聞かれたくなかったからだ。教えられた番号へ電話をかけると、呼び出し音が三回鳴った後すぐに新一の声が聞こえた。
 
「はい、……誰?」
「お久しぶりです、神崎伊織です。姉の事と、カナちゃんの事でお話があるので、お会いできますか?」
「伊織? 何でこの番号……、あぁ、お義母さんか。なぁ、昨日うちに……まあいいや。で、何? 忙しいから、話があるなら電話で済ませてもらえるかな」
 
 どうやら昨日アパートに来たのは、もしかすると私かも知れないと気づいたようだ。
 あの時は同僚だと咄嗟に嘘を吐いたが、女からこちらの人相を聞いて私ではないかと考えたのだろう。ならばこのまま黙っているより、はっきりと答えた方がスムーズに話が進むかも知れない。
 
「昨日アパートに伺ったのは私ですよ。新一さん、姉はどこにいるんですか?」
「マジかよ……やっぱりそうだったのか。悪いけど、あの時の事は見なかった事にしてくれないか? 頼む」
「それは……新一さんが、不貞行為をしているという事で間違いないのですね」
 
 念の為、スマホの録音は既に開始している。今後カナちゃんを守る為に、何らかの役に立つかも知れないと。
 
「あー……まぁね。でも詩織が悪いんだよ。アイツ、結婚してからもろくに家の事しないし、香苗の事だって家でもほとんど放置してたからな。そのせいで伊織にもお義母さんにも迷惑かけてただろ? そりゃあ嫌になるって。そうだ、遅くなったけどさ、その件については悪かったな」
 
 言葉とは裏腹に半笑いの声でそう捲し立てる新一は、以前に会った時と同じで軽薄な印象が全く変わっていない。いつもどこか胡散臭いような、薄っぺらな人間だ。
 
 以前に会った時と言っても、あれは姉に呼び出されてアパートの片付けをさせられた時だったか。それも、約一年前の出来事だ。
 それ以降何の音沙汰もないままにカナちゃんを実家に預けていた癖に、今更お愛想だけで謝られても困る。
 寧ろ父親であるはずのこの人に、カナちゃんを預ける事など出来ないとよく分かった。
 
「……姉さんは、今どこにいるんですか?」
 
 意識的に感情を押し殺して問う。そうしないと、電話越しに悪態の限りを尽くしてしまいそうだ。
 
「病院だよ。精神科に入院中。双極性障害とかいう精神病で、まともに家に居られないから入院させたんだよ。そんな事さぁ、あのお義母さんに言える訳ないって。伊織なら分かるだろ? な?」

 姉は入院していたのか。それほど悪い状況ならば尚更のこと長期間カナちゃんを預かる事になるだろう。そうなれば、結局実家にはカナちゃんを置いておけない。

 義兄とはいえあまり会った事が無いにも関わらず、妙に馴れ馴れしい態度が癪に障る。こちらとしてはあくまで無機質な態度を通した。
 
「新一さん、カナちゃんを私が預かってもいいですか? 申し訳ないですけれど、保育園の入園手続きをしてもらえると有難いです。私は親ではないので、それは新一さんにお願いする事になりますけど」
「はぁ? 香苗を? でも、お義母さんは?」

 スマホの向こうから聞こえる新一の声が高く大きくなって、思わず耳から遠ざけた。
 
「母はもうカナちゃんの面倒を見るのは難しいと言って、姉さんと新一さんがカナちゃんを育てられないのならば、里子に出そうかとまで考えています」
 
 里子という言葉を聞けば、流石に少しは動揺するかと期待した。しかし新一は先程と打って変わって拍子抜けするほど平然とした声で、「ふぅん。そっか」と言っただけだった。
 
「ですから、とりあえず姉が戻って来るまでの間、預からせて貰っていいですか?」
「費用は? 今まではお義母さんがタダで見てくれてたけど、伊織が面倒を見るならさ……金とか要るんだろ?」
 
 あぁ、そこか。この人は自分の娘なのにとことん面倒を見る気は無いのだと思うと、鳩尾がキリキリと痛んだ。

 だけどこれは、逆に言えば好機。痛む鳩尾へと無意識に手を当てていた私は、新一の喜びそうな言葉を放った。
 
「カナちゃんの事は自分の子どものように可愛いと思っているんです。ですから子育てにかかる費用なんて要りません。保育園にかかる費用も私が負担しますから。だから、カナちゃんを預からせてください」
「は……っ! マジかよ? まぁ、そこまで言うなら……。でもさ、後になって請求してきたりもしないよな?」
「勿論です。それに、昨日のあの人の事だって誰にも言いません」
 
 思わぬ幸運に気を良くした新一は、早めに保育園の手続きをするという事も約束し、「ありがとな! マジ助かったわ!」と明るく言って電話を切った。
 
 あの無責任な父親は、途中から嬉しさで声が上ずるのを隠せないほど喜んでいたのだ。
 こちらからお願いしてカナちゃんの面倒を見させてもらうという体裁を取ったから尚更気分が良かった事だろう。
 不貞行為の口止めも出来て一石二鳥だと、今頃ホクホク顔になっているはずだ。
 
 あとは双極性障害で精神科に入院したという姉の様子を早めに見に行かなければならない。
 新一から聞いた病院に、明日の夜勤明けにでも行ってみることにする。

「それにしても、姉さんが精神科に入院するなんて……」

 皮肉な事だった。姉が今の病院に勤める前は、長らく精神科病棟勤務の看護師だったのだから。
 
 ケアする側だったのに、まさかケアされる側になるとは。けれど、病気を患ってしまった姉に同情する気にはなれない。

 それよりも姉がそのような状況にある事を、未だ信じられないでいた。
 
 

 
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