かわいい猛毒の子

蓮恭

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8. 勇太の家族

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 それからの勇太は遠慮が無くなったというか、積極的に私へ「好きだ」と伝えるようになった。
 
 友達でいたいと言いながらこれでいいのかと思いつつも、自分という存在を必要としてくれる人間が看護師として働く職場以外でいるという事に喜びを感じていたのも確かだった。
 そのうちお互いの家庭事情を話す様になり、勇太については思いもよらない事実を知る。
 
「もうあの人達の事は他人だと思って生きているから、俺に両親はいないんです。両親の中でも、俺は居なかった事になっていますし」
 
 勇太の父親は物心つく前に交通事故で亡くなり、幼い頃は母子家庭だったという。
 事故による保険金や慰謝料で生活自体はそれほど苦しくは無かったらしいが、母親が再婚した頃からが勇太にとって本当の地獄だった。

 義父と母親の間にはすぐに娘ができ、生まれたばかりの五歳年下の妹を可愛がる両親との間には、より一層ぎこちなさが目立つようになる。
 その妹が成長するにつれ、特に義父の態度は分かりやすく変化した。継子の勇太に対して身体的、精神的な虐待を加えるようになったのだ。
 
「私、宮部さんはうちとは違って愛情に溢れたご両親の元で大切に育てられたんだと思ってました」
「どうしてですか?」
「どうしてって……。私と宮部さんはまるで違うから」
 
 突然聞かされた彼の家庭環境に、その時の私は思わず本心からの言葉を漏らしてしまった。その頃は勇太の前で自然体でいられる事が増えていたから、取り繕う事を忘れてしまったと言った方がしっくりくるかも知れない。
 遠慮のない私の言葉にも、勇太はどこか困った様な顔をして笑った。
 
「俺は世間体を気にする義父に『大学はきちんと行け』と言われたからそれを利用しました。大学を卒業していれば、あとは自分の力で生きていけると思ったからです。義父からすると、それは手切金のつもりだったのかも知れません」
 
 大学を卒業後は、お互い一切の関わりを持たないという約束のもと、両親とも妹とも関係を絶っていると話す。
 
「義父は母をとても愛していました。だから前の夫の子である俺の存在を許せなかった。母も短い期間を共に過ごした夫より、深い愛情を注いでくれる義父の方をより愛していたのかも知れません。だから義父の為に俺の事は居ないものとした。でも、それって仕方の無い事で、誰も悪くない気がするんです」
「そんな……」
「血の繋がりがなくても、妹の事は可愛かったので困らせたくありませんでした。俺さえ居なければ、あの家はただの幸せな家族なんです」
 
 今はそれなりに有名な企業に勤めて、小さな会社を経営していた義父よりも楽な生活をしているんだと思う事が、日々の生活で疲れた時の慰めなのだと聞いて胸が引き裂かれる様な思いがした。
 
「義父は『悔しかったら俺より稼いでみろ』が口癖でしたからね。どちらにしても縁は切っていますから、こちらの今の生活を知られる術もないのですが」
 
 家族についてはもうすっぱりと割り切った過去の話で、特にそこに未練を残した様子がない勇太が不思議だった。
 家族というものはそんな風にすぐに割り切れるものなのかと。
 
「どうしてそんなに……。宮部さんは笑っていられるんですか?」
「実はこんな風に思えるようになったのも、大学時代の恩師のお陰なんです。俺が一時期腐っていた時期に、『生まれと育ちは変えられなくとも、これからの人生の方が長い。そこで出会う人との縁を大切にしていけ。そうすれば人は変われる』って励まされて」
 
 確かに親元を離れてしまえば親と過ごした期間よりも、例えば配偶者と過ごしたり友人と過ごす時間の方が長くなるだろう。そこでいかに良い縁に恵まれて自分を変えていくかという事は大事なのかも知れない。

 生まれと育ちに固執して、自分は変われないと思い込んでいた私にとっても目から鱗の言葉だった。
 
「変われるんでしょうか、本当に」
「変われますよ。二人とも家庭にはあまり恵まれなかったのに、俺と神崎さんが違うって感じたのなら。神崎さんもきっと、俺と同じように変われます」
 
 勇太からいつもと同じ優しく穏やかな微笑みを向けられて、心の底からの安らぎを感じた私はこの人の事が好きなんだと理解した。
 そして、この人と一緒に居る事で自分も変われるんじゃないだろうかという希望を持った。生まれと育ち、その呪縛から解き放たれて、私は私の幸せを見つけられるんじゃないかと。
 
「宮部さん、これからも私のそばで居てくれますか? 私も変わりたい。少しでも自分を好きになりたいんです」
 
 それから、私と勇太は恋人になった。
 
「勇太、ありがとう」
 
 手を繋いで隣を歩く恋人に素直な気持ちを告げてみる。こんな事、勇太と出会う前には思いもしなかった。
 人からどう思われるか、親からどう思われるかを常に考えていた私は、自分の素直な気持ちを人に言う事も出来なかった。
 
「え? 急にどうした?」
「昔の事、思い出してた」
 
 今私の鼻の頭は多分赤い、目頭と目尻には光るものがあるだろう。勇太はそんな私を見て全てを分かってくれる。
 
「そっか」
 
 たった一言そう言って、彼は頼もしくギュッと手を握り直す。
 それだけで私と勇太はちゃんと通じ合えた気がして、また自分の中に人間らしい新たな感情が生まれたように思えた。


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