上 下
54 / 55

53. 今宵もこの方の為だけに詠う

しおりを挟む

 邸宅に戻った私は、急いで去ったガーランと一足違いで戻ったアルフ様に、アルント王国のお父様にお会いした事を話して此度の事を許していただいた。

「あ、アルフ様……っ」

 そう、許してはいただけたのだけれど、それはもう大変な代償を払う事になってしまって。

「せっかくゼラニウムを植えて、愛しい妻を囲ってしまおうと思ったのに。妖精王の孫娘思いには敵わないな」

 口付けの合間にそんな事を言うアルフ様の瞳には、明らかに熱が篭っていて。息継ぎが出来ないくらいに何度も重ねられる口付けが、私へのお仕置きのよう。

「ご、ごめんなさい……」
「何故謝る? 私としては、エリザベートに堂々と罰を与える事が出来るから僥倖だ」
「そ、そんな……っ」

 時々わざと私を虐めるような物言いをするアルフ様だけれど、私はそんなアルフ様の甘くて低い声に背筋がゾクゾクとしてしまうのだった。

「エリザベート、貴女の声はとても魅力的でミーナとして舞台に立つ時の姿は神々しいほどだ。民の為、そして国の為に祈りの唄を捧げる貴女は美しい」
「そうですか……?」
「けれどやはり醜い思いを抱いてしまうのも真実だ。エリザベートのその声を独り占めして、その姿を見るのは私だけなら良いのにと」
「今は……アルフ様だけではないですか」

 私のこんなに上ずった甘い声も、熱い吐息も、知っているのはアルフ様だけなのに。

 羞恥を煽る為なのか、時々アルフ様は寝台以外の場所でこのようになさる。はじめの頃の無表情で何を考えているのか読めなかったお顔も、私に包み隠さず気持ちを伝えるようになってから変わってしまった。

 今だって、苦しそうに眉間に皺を寄せてらっしゃるくせに、口元は嬉しそうにクイと端を持ち上げている。そのお顔が私はとても好きなの。

「アルフ様、愛しています。ずっと」

 私が恥じらいながらもそう告げると、アルフ様は強く抱きしめてくださった。苦しいくらいに私を囲う腕の力は、私を想ってくださる気持ちの強さなのだと分かっている。

「私もだ、愛などという言葉ではもう語り尽くせぬほどに」

 アルフ様と出逢って、狂おしい程の愛は与えられるのも与えるのもとても幸せだと知った。幾つかの悲しい愛の形を見てきたから、私達は決してそうならないようにと時々戒めながら。けれど時々この心地良い愛に、何も考えず溺れていたいとも思ってしまうの。

 ミーナとしては大事な人と民の為に。けれどエリザベートとしては、今宵もこの方の為だけに詠う。

――「夜のとばり、しろがね色の月明かりに照らされる生命いのちの花」
追憶おもいでを背負い、浅き夢見じと思っても」
「空を見上げ、幾年いくとせ静寂しじまに包まれれば」
「つい願ってしまう、運命さだめを変えたいと」
「月を見上げて 夢を見させて 、そのうち蒼穹そらへと変わる」
「風に守られた花は永遠とわに咲く」
「過ぎて行く時の流れに身を寄せて、風が止まるその時まで」
もとそらに願うのは、栄華に咲く花がこの先も此処に存在続けられるようにと」




 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】妖精姫と忘れられた恋~好きな人が結婚するみたいなので解放してあげようと思います~

塩羽間つづり
恋愛
お気に入り登録やエールいつもありがとうございます! 2.23完結しました! ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアは、幼いころから恋をしていた。 相手は幼馴染ジーク・フォン・ランスト。 ローズの称号を賜る名門一族の次男だった。 幼いころの約束を信じ、いつかジークと結ばれると思っていたメルティアだが、ジークが結婚すると知り、メルティアの生活は一変する。 好きになってもらえるように慣れないお化粧をしたり、着飾ったりしてみたけれど反応はいまいち。 そしてだんだんと、メルティアは恋の邪魔をしているのは自分なのではないかと思いあたる。 それに気づいてから、メルティアはジークの幸せのためにジーク離れをはじめるのだが、思っていたようにはいかなくて……? 妖精が見えるお姫様と近衛騎士のすれ違う恋のお話 切なめ恋愛ファンタジー

悪役令嬢は毒を食べた。

桜夢 柚枝*さくらむ ゆえ
恋愛
婚約者が本当に好きだった 悪役令嬢のその後

俺の妖精すぎるおっとり妻から離縁を求められ、戦場でも止まらなかった心臓が止まるかと思った。何を言われても別れたくはないんだが?

イセヤ レキ
恋愛
「離縁致しましょう」 私の幸せな世界は、妻の言い放ったたった一言で、凍りついたのを感じた──。 最愛の妻から離縁を突きつけられ、最終的に無事に回避することが出来た、英雄の独白。 全6話、完結済。 リクエストにお応えした作品です。 単体でも読めると思いますが、 ①【私の愛しい娘が、自分は悪役令嬢だと言っております。私の呪詛を恋敵に使って断罪されるらしいのですが、同じ失敗を犯すつもりはございませんよ?】 母主人公 ※ノベルアンソロジー掲載の為、アルファポリス様からは引き下げております。 ②【私は、お母様の能力を使って人の恋路を邪魔する悪役令嬢のようです。けれども断罪回避を目指すので、ヒーローに近付くつもりは微塵もございませんよ?】 娘主人公 を先にお読み頂くと世界観に理解が深まるかと思います。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

【完結】あなたから、言われるくらいなら。

たまこ
恋愛
 侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。 2023.4.25 HOTランキング36位/24hランキング30位 ありがとうございました!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...